第138話 武蔵
1945年6月6日 午後4時
「長門」「榛名」、そして「霧島」が敵4番艦に射撃目標を切り替えたとき、「武蔵」と敵2番艦――モンタナ級戦艦「オハイオ」の戦いは互角の様相を呈していた。
「この世界最強の46センチ砲弾にこれだけ耐えることが出来る戦艦が存在するとはな・・・」
「武蔵」艦長猪口敏平少将は「武蔵」との戦いによって多数の46センチ砲弾を艦の前部から後部にかけてまんべんなく撃ち込まれてなお、砲戦を継続している敵2番艦を見据えていた。
何回目か分からない主砲発射を知らせるブザーが鳴り響く。このとき「武蔵」の甲板には乗員は一人もいない。「武蔵」が主砲発射する際には発射時の衝撃があまりのも強すぎるため、甲板配置の乗員は全員が艦内へと避難しているのだ。
3基の主砲から音速の2倍の速さで9発の46センチ砲弾が発射され、敵2番艦からの命中弾によって傷ついている「武蔵」の艦体が軋むが、艦体のバランスは極めて安定している。
基準排水量72809トンの巨体は主砲発射時の衝撃を余裕で受け止め、その姿は不落の城そのもののように感じられた。
主砲発射直後に敵2番艦からの砲弾が着弾し、「武蔵」の周囲の海面に水柱を盛大に噴き上げ、1発が新たに「武蔵」に命中する。
「副長より艦長。飛行甲板損傷! 水上機大破!」
「武蔵」の応急指揮官を兼任し、被弾の度に艦を走り回っている副長の加藤憲吉中佐から被害状況の報告が入った。新たに命中した敵弾は「武蔵」の水上機発進用の飛行甲板に命中し、艦の後部に火災を発生させたのだ。
「消火急げ! 火災が拡大すると厄介だぞ!」
猪口に厳しい口調で副長に命じた。先程の砲戦でアイオワ級と思われる敵3番艦が火災の拡大によって射撃精度を大幅に狂わせ、結果的に「長門」に屈したのを見ていた猪口は艦に発生した火災を脅威に感じていたのだ。
被害状況が報告された直後、「武蔵」の斉射弾が一斉に敵2番艦に降りかかり、1発か2発程度は命中したはずだが、敵2番艦の被害が拡大したようには見えなかった。
米海軍の最新鋭戦艦であると思われる敵2番艦は主砲の口径こそ大和型に劣るが、防御力は対46センチ砲対応のものを持っているのだろう、そうでなければ度重なる46センチ砲弾の命中に耐えれるはずはなかった。
次の発砲は敵2番艦の方が早かった。「武蔵」を始めとする日本海軍の戦艦は主砲の発射間隔が40秒であるのに対し、米戦艦の主砲の発射間隔は約30秒なのだ。
今度は艦の前部から凄まじい衝撃が襲ってきた。どうやら次の敵2番艦の斉射弾は「武蔵」の艦の前部に、それも「武蔵」の命である第1主砲に命中したのだろう。
「第1主砲無事か!!?」
背中に悪寒が走った猪口は直ぐさま砲術に被害状況を確認した。
「第1主砲の正面防楯に敵弾1命中なるものの、被害なし!」
第1主砲に詰めている第1分隊を指揮している山下薫大尉から意気軒昂な声で反応が返ってきた。敵の主砲弾は「武蔵」の第1主砲塔に命中したものの、主砲を守っている600ミリの装甲が敵弾を弾き返したのだろう。
お返しとばかりに「武蔵」の斉射弾が落下し、奔騰する水柱が敵2番艦を囲み、艦上の2カ所で爆発炎が確認された。「武蔵」の斉射弾は今度は2発が命中したのだ。
だが・・・
「なんて奴だ!!!」
水柱が崩れ、敵2番艦が姿を現した。弾着前に比べて、敵2番艦の被害が拡大したようには見えない。いや、それどころか、既に発生していた火災が鎮火の方向に向かいつつあった。
敵の新鋭戦艦は防御力だけではなく、損傷からの回復力も卓越したものを持っているのだろう。
「米海軍の最強戦艦として日本海軍の最強戦艦である大和型に負けるわけにはいかない」
そのような激しい闘志が、艦の動きに現れているかのようだった。
「武蔵」は自艦の46センチ砲が、敵艦に今度こそは打撃を与えると信じて斉射を放つ。艦自体に衝撃が走り回り、「武蔵」が武者震いしたかのように振動した。
今度は「武蔵」と敵2番艦の巨弾がほぼ同時に炸裂した。
「・・・!!!」
艦橋の真下から突き上げてきた衝撃に猪口が思わずよろめいた。この日、「武蔵」が受けた直撃弾の中でもっとも強烈な一撃だ。
「砲術より艦橋。副砲1基、高角砲2基完全破壊。高角砲1基損傷!」
この一撃によって「武蔵」の艦橋直下に装備されていた副砲・高角砲は一斉になぎ払われたのだ。
「3、2、1、弾着今!」
ストップウォッチを手に持ち、弾着の瞬間を計測していた見張り員が主砲弾着弾の瞬間を報告した。
「どうだ?」
猪口は艦橋から身を乗り出して戦果を確認した。
1度鎮火しつつあった火災が再び勢いを取り戻していた。今度の斉射弾の命中は敵2番艦に多少なれど打撃を与えることに成功したのだろう。
「こりゃぁ、敵2番艦が参るのよりも早く『武蔵』の主砲弾が底をついてしまうかもしれないな」
猪口は冗談っぽい口調でそう言ったが、敵艦の防御力を鑑みるにあながちあり得ない事とは言えなかった。
「武蔵」と敵2番艦は15000メートルの距離を隔てて対峙し続けていたのだった。
そして、このとき誰も気づいてはいなかった。戦場に出現しつつあったある異変に。
ここから日米の砲撃戦は急速に終末へと向かっていくのだった・・・
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