第136話 殴り合い

1945年6月6日 午後4時


 「長門」の右舷側に発射炎が噴出し、巨体が揺らぐ。「長門」は第1斉射に続いて第2斉射を放ったのだ。


 ほぼ同時に敵3番艦も第4射を放ち、敵戦艦から打ち出された3発の巨弾が飛来する。


 第1戦隊3番艦の「長門」と第2戦隊1番艦の「金剛」の間の海面に巨大な水柱が奔騰し、「金剛」が視界から隠れる。水柱が崩れ「長門」が姿を現すが、被弾の兆候はない。


 アイオワ級と思われる敵3番艦は戦線投入されてから実戦経験を碌に積んでいなかったため、乗員の練度が低いのかもしれなかった。


「3、2、1、だんちゃーく!」


 8発の40センチ砲弾が敵3番艦を包み込み、艦の後部から火災炎が発生している様子が確認できた。第1斉射は空ぶってしまった「長門」だったが、第2斉射で1発を敵艦に命中させることに成功したのだ。


「敵3番艦に1発命中! 艦の後部に火災炎確認!」


「艦長より砲術!『只今の砲撃見事なり!!!』」


 見張り員からの報告に対して艦長の渋谷は満足そうな声をあげた。アイオワ級との一騎打ちというこの状況下で「長門」は敵艦に対して優位に立っている。「長門」は周知の通り帝国海軍を代表する戦艦であり、その訓練は大変厳しいものだった。その猛訓練の成果がこの大一番に現れたのだ。


 敵3番艦の艦上に新たな閃光が走り、艦の後部の火災炎が大きく揺れ、黒煙がなぎ払われる。敵3番艦が「長門」に負けじと放った第5射だ。


 サウスダゴタ級級の後継に当たるアイオワ級戦艦は防御力も十分に考慮されている戦艦なのであろう。1発、2発の被弾で参っている様子はなく、戦闘力も落ちていないようだった。


 敵弾が弾着する直前、「長門」は第3斉射を放った。砲口から巨大な火焔がほとばしり、落雷のような砲声が台湾沖の海面に轟く。竣工から20年以上が経過した老雄の艦体が衝撃に耐えかねたかのように大きく軋む。


 斉射の余韻が収まったとき、敵艦の砲弾3発が「長門」を捉えて、1発が「長門」の右舷側海面に、1発が左舷側海面に着弾した。ここまで至近弾しか喰らっていなかった「長門」だったが、ここにきて敵3番艦によって狭叉されてしまったのだった。


 次からは9発ずつの巨弾が「長門」目がけて飛翔してくる。敵弾によって「長門」が叩き潰されてしまう前に、敵3番艦を何としても撃破しなければならなかった。


 「長門」の斉射弾も目標を確実に捉える。束の間、敵艦が水柱によって覆い隠される。艦の後部に発生していた火災炎が拡大し、艦の前部でも何かが海面に落下していく様子が確認される。


 「長門」の第3斉射弾は2発が命中し、敵3番艦に更なる打撃を与えたのだ。


 「長門」の第3斉射着弾から約10秒後、これまでのものとは比較にならない規模の砲声を敵3番艦があげた。「長門」に続いて敵3番艦も斉射に移行したのだろう。


 「長門」が第4斉射を放ち、敵弾が15000メートルの距離を唸りをあげながら飛来する。


「がっ・・・!!」


 敵弾が着弾した瞬間、「長門」に襲いかかった衝撃によって、渋谷は思わず声をあげた。至近弾炸裂のそれとは明らかに異なる衝撃だった。


「副長より艦長。射出機損傷!」


 斉射と被弾による衝撃の余韻が収まったところで副長の大西新蔵中佐が報告を上げた。


「主砲だけに当たらなければいいな」


 渋谷は小さい声で呟いた。「長門」の4基の主砲が被弾して使用不能になる事態だけは避けなければならないと渋谷は考えていたのだろう。


「こっちの攻撃はどうなっている?」


 意識を被弾から攻撃に移った渋谷は双眼鏡越しに敵3番艦の様子を観察した。斉射の水柱から姿を現した敵3番艦の火災は後部を中心としてかなりの規模にまで拡大していた。


 「長門」の巨弾も徐々にではあるが、敵艦の戦闘力を削いでいるのであろう。


 「長門」の艦橋にけたたましい音が聞こえてきて、艦が再び大地震の如く大きく振動した。「長門」が断末魔の声を上げているかのようだった。


「副長より艦長! 高角砲2基、機銃3基損傷!」


 敵3番艦の巨弾は射出機に続いて高角砲2基と機銃3基を一時にもぎ取っていったのだ。


 「長門」の第5射が敵3番艦の前部にまとめて着弾し、敵3番艦の前部から細長い物体が空中に飛ばされる光景が確認された。


「いいぞ、砲術!」


 渋谷は被弾の後の朗報に歓喜の声を上げた。「長門」の主砲弾の内1発が主砲塔の分厚い装甲を貫通し、主砲1基を使用不能に追い込んだのだ。


 敵3番艦の主砲火力は3分の2に大幅に減退したのだ。


 敵3番艦の第3斉射は1発が舷側装甲に命中し、1発が艦尾に命中した。


 舷側装甲に命中した1発は厚さ250ミリの装甲が辛うじて弾き飛ばすが、艦尾に命中した1発は「長門」の推進軸の内、1基をたたき折る。


「機関長より艦長! だし得る速力21ノット!」


「了解!」


 速力が数ノット失われようと「長門」の勇ましい砲声が衰えることはない。「長門」は4基の主砲から8発の巨弾をたたき出して斉射を放つ。第6斉射だ。


 「長門」の速力低下によって彼我の相対位置が微妙にずれるが、それでも1発が敵3番艦を捉える。


 更に1発を喰らった敵3番艦は、お返しとばかりに第4斉射を残り2基の主砲で放つ。


 「長門」と敵3番艦との砲戦ははてしなく永遠に続くかのように感じられ、終わる気配を見せなかった。

 





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