第135話 相殺

1945年6月6日 午後4時



 第10駆逐隊、第16駆逐隊が放った合計28本の魚雷は敵巡洋艦3番艦に1本が命中した。(敵4番艦、5番艦には命中無し)


「おっ、敵巡洋艦に魚雷命中しちょるぞ! 撃沈確実や!」


「『青葉』は大丈夫か? 随分と手ひどくやられているようだが・・・」


「よっしゃ! 『古鷹』『衣笠』の仇討ちを駆逐隊の連中がやってくれたぞ!」


 敵3番艦、4番艦、5番艦との砲戦に敗れ、既に「総員退艦」が下令されていた「古鷹」の乗員は海面の流れに身を任せながら、思い思いの叫びを上げていた。


「全体の海戦の様子はどうなっているんだろうなぁ。砲戦時には自艦の事で一杯一杯だったが」


 「古鷹」艦長荒木伝大佐は、近くで漂っていた「古鷹」主計長の白石万隆少佐に話かけた。


「え~~、視力3.0の本官が海面を見渡した限りですと、我が部隊と交戦した敵巡洋艦部隊5隻の内、3隻は撃沈確実のはずです。現に敵巡洋艦1、2番艦では総員退艦が始まっており、先程魚雷1本が命中した3番艦も、もうじき沈没でしょう」


 白石は首を横に振って海面をぐるっと見渡しながら荒木の疑問に答えた。


「それに対するこっちの損害は『古鷹』と『衣笠』の沈没。旗艦の『青葉』も廃艦同然か・・・。互いに手ひどくやられたもんだ。発射速度の早い主砲ほど恐ろしいものはないな」


 荒木はため息をつき、白石につられるように海面を見渡し、言葉に束の間詰まった。「古鷹」から脱出できた乗員は全乗員639名の内、約6割の370名と言ったところだろう。砲戦時に多数の砲弾が長時間に渡り、艦のいたる場所に命中したため、乗員の殺傷率が高いものになってしまったのだ。


 艦上にまだその姿を止めている「衣笠」も燃える鉄塊と化しており、戦闘の凄惨さが十分過ぎるほどに表していた。


「敵4番艦と5番艦の動向はどうなっている?」


「健全な敵巡洋艦2隻は転舵によって魚雷を回避した後に砲門を再び駆逐隊に向け直したようです。ここからだと距離が離れすぎて詳細は分かりませんが・・・」


 白石ははっきりと確認できなかったため、予想を織り交ぜながら荒木に話した。


――このとき、白石が把握できていなかった敵巡洋艦2隻と第10駆逐隊、第16駆逐隊の戦いは以下のようになっていた。


 まず、砲門を向け直した「サバンナ」「ホノルル」の連続性射によって第10駆逐隊の「秋雲」「夕雲」が瞬く間に撃破され、3番艦の「巻雲」の艦長はこの砲撃戦は遙かに不利だということを悟り、砲弾を回避すべく転舵を命じた。


 2隻の駆逐艦を撃破して残りの駆逐艦も遁走しはじめたことを確認した「サバンナ」「ホノルル」の両艦長はすかさず追撃を命じたが、それを第10戦隊の「陸奥」が許さなかった。


 同戦隊の「大淀」、第4戦隊の「高雄」「摩耶」と共に敵巡洋艦5隻(第1防空戦隊が戦っていた部隊とは別の巡洋艦戦隊)を相手取っていた「陸奥」は自慢の40センチ主砲で敵巡洋艦2隻を叩き潰した後に第10、16駆逐隊の援護に回ったのだ。


 「陸奥」の参戦によって「サバンナ」「ホノルル」は砲門を駆逐隊から「陸奥」に変更せざるをえなかった。しかも、戦艦対軽巡の戦いのため、攻撃よりも「陸奥」から放たれる巨弾の回避を優先せざるを得ず、駆逐隊の残存5隻を取り逃がす結果となったのだ。


※第10戦隊、第4戦隊と敵巡洋艦5隻の戦いは敵巡洋艦2隻撃沈確実と引き換えに日本軍も代償として「大淀」爆沈、「摩耶」大破の損害を被っている。


 日米の巡洋艦戦隊同士の戦い(「陸奥」は戦艦だし、一部駆逐隊の介入もあったが)は双方が凄まじい損害を出し、まさしく「相殺」といっていい有様であった・・・


 

 巡洋艦戦隊同士の戦いが山を越えた時、海戦の中心である戦艦同士の戦いもボルテージが上がってきていた。


「次より斉射!」


 第1戦隊3番艦「長門」艦長渋谷清見大佐は砲術長に下令した。


 約40秒後、「長門」がこの日始めての斉射を放った。


 発射の瞬間、交互撃ち方のそれよりも遙かに大きい砲声が辺り一帯の空間に轟き、基準排水量39130トンの艦体が左舷に僅かに仰け反る。


 「長門」が姉妹艦の「陸奥」の活躍に負けじとばかりに咆哮を上げたかのようだった。


 敵3番艦の周囲に水柱が景気よく奔騰し、敵戦艦の姿を覆い隠した。しかし、視界が開けた直後、健全な敵3番艦が姿を現した。残念ながら「長門」の第1斉射弾8発は全弾が空振りになってしまったようだ。


 「長門」の主砲斉射と入れ替わるようにして敵戦艦からの砲弾が「長門」に襲いかかってくる。散布界が広いため殆どの砲弾は変な場所に弾着するが、それでも1発が至近弾となる。


 水柱の大きさから予想して、相手は40センチ砲(長砲身)搭載のアイオワ級で間違いないだろう。


 相手はまだ「長門」に対して狭叉・命中弾を得る事ができていないため、まだ交互撃ち方を行っている状態であった。


(「大和」「武蔵」が相対している戦艦は間違いなくアイオワ級を凌駕する新鋭戦艦だ。「大和」「武蔵」が1対1の戦いに専念できるようにするためにもアイオワ級1隻くらいは本艦が仕留めなくてはならないな)


 渋谷がそう考えていると「長門」が第2斉射を放った。


 ここからが勝負であった。




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