第134話 槍の如く

1945年6月6日 午後4時



 第10駆逐隊、第16駆逐隊が突撃を開始している様は、第1防空戦隊と相対していた米海軍第11巡洋艦戦隊からも確認することができた。


「敵3番艦沈没確実・総員退艦の模様!」


「右舷海面より新たな駆逐隊2隊、数は6隻、いや、7隻!」


「敵駆逐艦の狙いは本艦と後続の『ホノルル』と思われる!」


 第11巡洋艦戦隊の4番艦、ブルックリン級軽巡洋艦「サバンナ」の艦橋に新たな報告が3つ上げられた。


「敵巡洋艦2番艦に向けている砲門を新たに出現した駆逐隊に切り替えますか?」


「駄目だ。敵2番艦は『フィラデルフィア』との砲戦には打ち勝ち、満身創痍の状態であるものの、まだ死んだ訳ではない。ここで確実に仕留めておきたい」


 副長の具申を「サバンナ」艦長ローレンス大佐は即座に却下した。


 今ここで砲門を敵駆逐艦に切り替えてしまうと、敵巡洋艦を仕留め損なう恐れがあるとローレンスは考えたのだ。


 既に4番艦の「サバンナ」、5番艦の「ホノルル」は連続性射に移行しており、あと一歩で敵巡洋艦を仕留めることが出来る。この状況で砲門を切り替える判断は愚策でしかなかった。


 斉射の度に、砲声が射撃指揮所まで届き、基準排水量12300トンを誇る「サバンナ」の艦体が衝撃に耐えかねたかのようにわななく。


 5基の主砲から放たれた15発の主砲弾が7000メートルの距離をひと飛びにし、敵巡洋艦の周囲に盛大に多数の水柱を噴き上げる。ほとんどの砲弾は付近の海面に弾着するが、1回の斉射に対して2発程度は命中する。


 敵巡洋艦2番艦はもう気息奄々の状態であった。6基あったと思われる敵の主砲はもう半数以上が破壊されており、艦上を包む火災も激しさを増していっている上に、艦自体の速力も26ノット程度にまで低下していた。


 「サバンナ」にも敵巡洋艦2番艦から放たれた砲弾が次々に弾着し、3発が新たに命中する。艦が大きく横揺れし、ローレンスは直感的に「サバンナ」が強烈な損害を受けたと感じた。


「第4主砲全壊! 砲員は全員戦死の模様!」


「第5主砲旋回不能!」


「く・・・!」


 ローレンスは呻き声を上げた。敵巡洋艦2番艦を「ホノルル」と共に、確実に追い詰めていた「サバンナ」だったが、ここにきて主砲火力の4割を喪失してしまったのだ。


「こっちの勝ちだ。ジャップ」


 「サバンナ」が第6斉射を放った時、ローレンスは呟いた。この一撃が敵巡洋艦2番艦に止めを刺すとローレンスは確信していたのだ。


 ローレンスは双眼鏡越しに敵2番艦を見つめ、砲弾弾着の瞬間を待った。


 そして・・・


「よし!」


 ローレンスは歓喜の声を上げた。「サバンナ」「ホノルル」によって多数の15.2センチ砲弾を撃ち込まれた敵2番艦は完全に停止しており、右舷は既に海面に洗われていた。敵2番艦の水面下にも多数の砲弾が命中し、敵2番艦に引導を渡したのだ。


「敵1番艦は『ナッシュビル』に任せるぞ! 本艦目標敵駆逐艦1番艦!」


 息をつく間もなく、ローレンスは新たな命令を下した。ブルックリン級と敵駆逐艦では砲力は比べものにならないが、敵駆逐艦は必殺の魚雷を多数積んでいる。敵駆逐艦群に魚雷を発射される前に1隻でも多く撃破する必要があった。


 「サバンナ」の主砲がしばし沈黙し、健全な3基の主砲が旋回する。


「砲撃開始!」


 砲術長が下令し、「サバンナ」が5発の15.2センチ砲弾を吐き出す。


「『ホノルル』射撃開始しました!」


 見張り員から報告が上がってきた。「ホノルル」も「サバンナ」に続いて敵駆逐艦に射撃目標を変更したのだろう。


 6秒置きに射弾が叩き込まれ、第3射で「サバンナ」は敵駆逐艦1番艦に命中弾を得た。あとは「サバンナ」の主砲火力で敵駆逐艦1番艦を叩き潰すだけだとローレンスは考えたが・・・


「敵駆逐艦順次取り舵! 魚雷発射の模様。距離4500メートル!」


 どうやら「サバンナ」と「ホノルル」の敵駆逐隊に対する砲撃開始は、タイミングとしては遅きに失していたようだ。


「射撃中止。取り舵一杯! 敵の魚雷に対して被雷面積を最小限にしろ!」


 ローレンスは敵巡洋艦2番艦を撃沈確実にしたときとは真逆の心境で転舵を命じた。マリアナ沖海戦でアイオワ級戦艦をも撃沈に追い込んだ日本海軍の魚雷が、基準排水量10000トンそこそこの軽巡に命中したときには、それこそ終わりである。


 程なくして「サバンナ」が艦首を左に振り、回避運動を開始したが、魚雷との相対距離も1000メートルを切っていた。


 「サバンナ」が魚雷を回避し得るかは、後は運次第だった。



「敵4番艦取り舵、5番艦続けて取り舵!」


「何とか駆逐隊の魚雷発射が間に合ってくれたか・・・」


 窮地に陥りつつあった第1防空戦隊に対する駆逐隊の決死の援護射撃に福永は思わず安堵に息を漏らした。


 「青葉」の艦上は敵軽巡との砲撃戦によって酷い有様へと変容していた。6基の主砲の内、実に5基までもが粉砕し、跡形も無く消し飛んでいる。艦の後部にも主砲弾多数が命中し、カタパルトを始め多数の艦上構造物がなぎ払われ、はげ山のような状態となっていた。


「1本でもいいから命中してくれよ・・・」


 福永は心の底からそう願った。





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