第127話 まさかの奇行

1945年6月6日 昼


米機動部隊第3群

司令長官 マリオン・チーク少将

参謀長  ロナルド・ギブソン大佐

正規空母「バンカー・ヒル」「イントレピッド」

軽空母 「サンジャストン」

防巡  「トピカ」「ビロクシ」「ヒューストン」「プロビデンス」

駆逐艦 14隻


「ソナー室より艦橋。ソナーに反応あり、北東、4海里」


 フレッチャー級駆逐艦に所属している「プリングル」の艦橋にその報告が上がってきたのは午後2時23分のことであった。


「反応の大きさはどれ位だ?」


「極めて小さいです。日本軍の潜水艦のものだと思われますが、1隻かせいぜい2隻の反応です」


 「プリングル」艦長ウィリアム・M・コール少佐は直ぐさま情報の収集を開始した。昨日の夜間戦の被害によって対潜警戒を厳かにするように全部隊宛に通知が送られており、コールも海面下の動きについては過敏になっているのだ。


「よし、面舵だ。敵潜水艦をさっさと撃沈するぞ」


 コールは日本軍の潜水艦を撃沈すべく航海長に下令し、約30秒後、「プリングル」の艦の鼓動が高まり、「プリングル」が増速を開始した。


「ソナー室より艦橋。反応に動きあり!」


「艦長!」


「大丈夫だ、補足できる」


 海面下で動きが生じたことに同様した副長を落ち着かせるようにコールは呟いた。潜行中の潜水艦の速度はせいぜい3~4ノット程度であり、それに対して「プリングル」の現在の速度は20ノット弱なので今から敵潜水艦が雷撃を試みたとしても、雷撃前に十分に補足できる。


「敵潜水艦の真下に来たようだな」


 コールがそう言った直後、異変は起こった。


「ソナー室より艦橋。敵潜水艦の動きに更なる変化あり。!!」


「なんだと!!?」


 ソナー室からの全く思いがけない報告にコールも流石に戸惑った。それほどに敵潜水艦の機動が予想外だったのだ。


 コールが慌てた様子で双眼鏡を覗きつつ、艦橋から身を乗り出して海面の動きを確認した。


「何と・・・!」


 海面下に巨大な影が現れたかと思いきや、潜水艦が1隻でてきたではないか。普通ではまずありえない光景だ。


「敵潜水艦浮上! 速力12、いや、14ノット!」


「取り舵だ! 敵潜水艦に体当たりしてでも撃沈するぞ!」


 自艦の前で敵潜水艦が浮上するという、言い換えれば完全に「プリングル」の存在を舐めているかのような動きをしている敵潜水艦に対してコールは罵声を放ち、闘志を剥き出しにした。


 しかし、コールの思いとは裏腹に「プリングル」は直ぐには舵を振らない。この直前まで増速しつつ艦隊から離れる機動を取っていた「プリングル」は艦自身が生み出す抵抗力によって動きが制限されてしまっており、直ぐに舵を振ることができないのだ。


「射撃開始!」


「射撃開始! 宜候!」


 コールは砲術長に下令し、フレッチャー級の主砲である38口径5インチ単装砲5基ろ40ミリ連装機銃5基10門が一斉に射撃を開始した。


 しかし、「プリングル」の転舵が始まっていないこの状況下では彼我の相対位置は広がるばかりであり、至近弾すら得るのが難しかった・・・。



闘龍6番艦艦内


「敵さんの駆逐艦に再度補足される前に突っ込むぞ!」


「ヨーソロー」


 闘龍6番艦艦長の山下はこの膠着状態をという奇策、いや、奇行で打破したのだ。


「艦長の狙い通り警戒の駆逐艦をひとまず躱すことには成功しましたが、まだ状況は予断をゆるしませんよ。というか、我々がやられてしまう確率のほうが遙かに高いですよ」


「魚雷発射管用意――!」


「空母は狙わないんですか?」


「敵の輪形陣に対していきなり中央の空母を狙うことは出来ん。まずは護衛艦から剥がすんだ」


 主計長の沖田と会話しつつ、山下は艦内各所に矢継ぎ早に命令を発した。


「魚雷発射まで3、2、1、発射!」


 魚雷調整室からの報告が入ってきた。闘龍に装備されている全6本の魚雷の内、最初の時点で装填されている2本の魚雷が敵艦目がけて発射されたのだろう。


「再装填急げ!」


 艦が騒がしくなる。


「先程まいた敵駆逐艦が射撃開始しています! 時間的にもうすぐ転舵する模様!」


「早いな。流石は米軍だ」


 潜水艦の天敵である駆逐艦に攻め立てられているこの状況にも関わらず、山下はどこか余裕気だった。


「回避運動! 見張り員は敵駆逐艦の動きを逐次つぶさに報告しろ!」


「敵駆逐艦からの弾着近づいてきています。現在第3斉射!」


「面舵! 電池に負荷が掛かるが速力を16ノットにまで上げろ!」


「それと、後ろの駆逐艦のみに気を取られるな。敵艦隊は本艦の前にいるぞ!」


 闘龍の舵が利き始める前に闘龍の艦体が大きく横揺れした。敵駆逐艦が放った5インチ砲弾の内の1発が至近弾になったのであろう。


「右舷至近弾!」


 見張り員の絶叫が闘龍の艦内に木霊した。次の斉射で砲弾が直撃し、闘龍の艦体が木っ端微塵になることが頭によぎったのだろう。


「大丈夫だ。次の斉射弾が着弾するよりもこっちの転舵の方が早い」


 闘龍の艦首が右に振られたのは次の瞬間だった。


 世界初といってもいい山下達の奇行だが、上手くいくかはまだ誰にも分からなかったのだった・・・



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