第128話 風雲急

1945年6月6日 昼


 午後2時半頃に行われた陸軍所属潜水艦部隊「闘龍」隊の米機動部隊第3群への飽和魚雷攻撃によって、戦局の潮目は僅かではあるが変化し、台湾を巡る日米の死闘は風雲急を迎えようとしていた。


「そろそろだな、全てのピースが揃うまで」


 艦上2カ所から火災炎を噴き上げている1機艦旗艦「大鳳」の戦闘艦橋で司令長官の山口多聞中将は時計を見ながら呟いた。時刻は午後3時を指しており、たった今米攻撃隊の第5波が1機艦に対する攻撃を終え、撤退していた所であった。


「2日間に渡る熾烈な航空戦だったが、何とか生き残ることが出来て、まずはその事がなによりです。これから米水上砲戦部隊との戦いが控えているためまだ気を抜くことは出来ませんが、今は各艦・空母の乗員・航空機の搭乗員の奮戦を称えたいです」


 山口の側に控えていた参謀長の草鹿龍之介少将が疲れながらも満足したような表情で山口に話しかけた。


「同感だ。昨日の朝から遡って数えると敵航空機の攻撃は全8回を数え、来襲した敵機の総数は1500機を軽く超えているはずだ。結果としてかなりの数の空母が沈没・撃破の憂き目にあってしまったが、浮かんでいる空母があるだけでも奇跡と考えるべきだな」


 山口が率いる第1機動艦隊は昨日の3波に渡る空襲は多数の零戦隊による濃密な防空網と防空戦艦「陸奥」を始めとする各種防空艦の奮戦と、各空母の艦長の巧みな操艦によって小型空母「千歳」の沈没のみで凌いだ。


 しかし、戦力を著しく損耗していた今日の戦いでは喪失艦・損傷艦が相次いだ。第3次空襲のよって正規空母「天城」「瑞鶴」、第4次空襲によって小型空母「千代田」と防巡「能代」、駆逐艦1隻が失われた。


 そして、直近の第5次空襲では正規空母「飛龍」「瑞龍」、防巡「加古」、駆逐艦1隻が沈没し、1機艦の空母戦力は約半数にまで打ち減らされてしまったのだった。


 第5次空襲では「飛龍」「瑞龍」の他に「大鳳」にも敵攻撃機の攻撃が集中した。爆弾4発、魚雷1本が命中し、命中した爆弾の半数が「大鳳」の500キログラム爆弾対応の装甲甲板を貫通し、「大鳳」は発着艦不能に陥れられたのだ。


 このペースでいけば米機動部隊から発進した攻撃隊の第6波、第7波によって1機艦は叩き潰されてしまうはずだったが、午後2時半に行われた「闘龍」隊の米空母雷撃がそれを防いだ。


 1機艦に入ってきている情報によると「闘龍」隊は果敢な攻撃によって少なくとも敵空母2隻大破、同1隻中破の戦果を上げているらしく、その結果1機艦に対する空襲が第5波で途絶えたのだ。


 空襲を生き残り、なおかつ飛行甲板を使うができる空母では既に直衛戦闘機の収容が次々に始まっていた。


 「大鳳」は飛行甲板を使うことができなかったが、1航戦の僚艦の「赤城」にはエンジン・スロットルを絞り、零戦33型・32型甲が降りてきていた。


 直衛戦闘機隊は度重なる空襲によって直衛戦闘機隊は著しく損耗しており、降りてくる機体に無傷なものは殆どなかった。


 数カ所に大穴が穿たれている機体、エンジンから黒煙を噴き上げている機体、補助翼が吹き飛ばされている機体などがあり、中には着艦と同時に主翼がポッキリと折れてしまう機体すらある始末だ。


 今日1日に何度も出撃した搭乗員の中には精魂尽き果てて抜け殻のようになっており、着艦した機体から出てこない搭乗員もいる。一般的に1日1回の出撃が人間の限界だと言われていることを勘案すると搭乗員達の疲労はとうに限界を遙かに超えているはずだった。


 暫くすると各艦から着艦した機体の総計に関する報告が入ってきた。


「戦闘機が着艦した空母は全4隻。1機艦全体で収容した機数は61機とのことです」


 航空甲参謀の大平友和大佐が涙ぐみながら山口に報告した。大平は海大卒業後は航空機1本道で生きた人間であり、航空甲参謀着任前には空母「瑞鳳」艦爆隊長、「赤城」飛行隊長などの役職を歴任している人物だ。


 それだけ搭乗員と長い期間近くで関わっていた大平だからこそ、この2日間の戦いの中でも各搭乗員の奮戦には深い感慨を覚えたのだろう。


 今回の1機艦の搭載機数は艦戦約400機、艦爆約120機。


 第1機動艦隊はマリアナ沖海戦後に艦上攻撃機「天山」の搭載を止めており、戦闘機・艦爆中心の編成に改めていた。今回の作戦ではその編成が図に当たった形となり、何とか1機艦の戦闘機隊は最後まで戦いを継続することができたのだ。


「『飛龍』沈没します!」


「手隙用員『飛龍』に敬礼!」


 山口は艦内に通知した。


「ミッドウェーの時から大分長い期間お世話になったな。『飛龍』」


 山口、草鹿、大平を始めとする艦橋用員も爆弾・魚雷多数を喰らって力尽き、沈みゆく「飛龍」に向かって一斉に敬礼をした。


 艦の至る所からすすり泣きの声が聞こえてきた。


 「大鳳」乗員の中には前に「飛龍」乗員だった者がかなりの割合で含まれていたのだ。


 山口は艦が沈んでいき、艦首が消えようとしていた「飛龍」に一言声をかけた。


「あとは任せておけ」と。



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