第126話 被害続出

1945年6月6日 昼



 「天城」が爆弾2発、魚雷4本の命中によって沈没しつつあった時、2航戦の「瑞鶴」――トラック沖海戦で激戦の上で沈没した「翔鶴」の姉妹艦が終焉を迎えようとしていた。


 「瑞鶴」は爆弾3発直撃で格納庫まで損害が到達して大火災が発生していたところに、アベンジャー10機以上の攻撃を喰らって魚雷3本を命中したのだ。


 命中した3本の魚雷はいずれも「瑞鶴」の急所を外れており、「瑞鶴」はその速力を9ノットにまで落としたものの、まだこの時点では生還の目があった。


 しかし、空襲終了から約5分後、迎撃機が次々に健全な母艦に着艦し始めたタイミングで「瑞鶴」は突如大爆発を起こしたのだ。この時の爆発の規模は凄まじく、「瑞鶴」の全長242.2メートルの飛行甲板を半分以上まくり上げ、更に「瑞鶴」の消火活動に協力していた駆逐艦「満潮」も巻き込んだ。


 この大爆発によって「瑞鶴」の火災は手の付けられない状態になってしまい、艦長の山本新太大佐は総員退艦を下令した。


 辛うじて艦から脱出することに成功した乗員は、「瑞鶴」から漏れ出した重油に黒く染まった海を懸命に泳ぎながら艦から1メートルでも遠くに離れようとしていた。


「空母2隻が一気にやられたか・・・」


 1機艦旗艦「大鳳」の艦橋で司令長官の山口多聞中将は、誘爆によってボロボロになって沈みつつある「瑞鶴」を見つめながら呻き声をあげていた。


「『天城』には爆弾2発、魚雷4本。『瑞鶴』は爆弾・魚雷各3発ずつ、その後に誘爆。護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦の乗員は十二分に頑張ってくれてましたが・・・」


 参謀長の草鹿龍之介少将が沈痛な声で報告した。


「分かっている。各艦の乗員はこの厳しい状況にも関わらず、よくやってくれている。空母2隻の喪失は全て司令部の責任だ」


 草鹿の発言に対して山口は頷いた。


 (だいぶ効いているな)


 草鹿は心の中で山口の心境を推し量った。


 山口にとって特に堪えたのは「瑞鶴」の喪失だ。山口にとって「瑞鶴」という艦はミッドウェー海戦後の「加賀」「蒼龍」沈没、「赤城」戦線長期離脱という機動部隊が苦しい時期によく戦ってくれた艦であり、多数の海戦を共に戦い抜いた艦だからだ。


「・・・残存の迎撃機の機数は何機だ?」


 山口が様々な感情を押し殺したような声で聞いた。米軍の空襲は先程行われた第3波で終わるわけではなく、これから午後にかけて第4波、第5波と続くであろうということを山口も確信しているのだろう。


「迎撃の零戦隊は今日の朝の時点で稼働250機だったのが、第3波終了時点で稼働118機にまで打ち減らされてしまっています。やはり『天城』『瑞鶴』の沈没時に空母の格納庫内で水没した零戦が数十機あったのが痛かったです」


 山口の質問に対して今度は航空甲参謀の大平友和大佐が説明を開始した。


 大平の説明は続く。


「健全な空母内の補用機を組み立てたり、要修理機の修理が完了したりすれば、もうちょっと機数は増やせますが・・・」


「それに搭乗員の疲労も問題か・・・」


 大平の説明を引き継いだように草鹿が問題点を指摘した。既に3回の空襲によって搭乗員達は疲労してしまっており、既に今日の飛行時間が3時間に迫ろうとしている搭乗員もいるほどだ。


「戦闘機隊の搭乗員は疲れの少ない者を中心にしてやりくりするしかあるまい。どうせ今の機数じゃ全搭乗員が零戦に搭乗することは出来ないのだから。陸軍さんに連絡をして『飛燕』を送ってくれるか聞いてみてくれ」


 山口が指示を出し、参謀長の草鹿が敬礼をして艦橋を出て行った。航空甲参謀の大平も搭乗員の割り当てを決めるべく退出した。


(今回の海戦の様子がそのまま今の日本と米国の関係を表しているようだな。搭乗員の連中は俺なんかよりも若いから一人でも生き残って戦後の世界を歩んで欲しいものだが・・・)


 そんなことを考えていると、レーダー室から報告が上がってきた。


 敵の第4波が目前まで迫ってきていたのだった・・・。



「さぁて、一仕事しますか」


 1機艦が敵の第4次攻撃隊を迎え入れようとしていたとき、米機動部隊が展開している海域の海面下でも新しい戦いが始まろうとしていた。


 無論、昨夜の戦いで敵部隊(米機動部隊第1群)に雷撃を仕掛けて、敵空母撃滅のお膳立てをした陸軍膝下の「闘龍」隊である。


「でかいのが2隻、少し小さいのも2隻。アホほどのでかい戦艦も1隻いるな」


 闘龍6番艦艦長の山下想少佐は敵部隊の隙をじっと伺っていた。


「流石に昨日の夜に空母が2隻もやられたということもあって敵さんも隙がないですよ。全く」


「バカヤロー。そんなんじゃ何で俺らが陸軍内では隅扱いされる潜水艦部隊に志願したのかが分からなくなるだろ。こんな時でも魚雷を敵艦にぶち当てるのが本物の潜水艦乗りといったものよ」


 主計長の沖田礼治大尉に対して山下は喝を入れた。


「確かに艦長の言う通りですな。私も潜水艦部隊が創設されると聞いて、志願したときに周りの連中から変わった目で見られましたから」


 沖田は笑いながら言った。山下の考えはともすれば精神論一辺倒に傾きそうな感じではあったが、同時に山下くらいの考えでなければ潜水艦乗りなど務まったものではないと自分の中で考えたのだろう。


「じゃ、やりますか。艦長」


 沖田も気合いを入れ直した。



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