第107話 司令部の考え

1945年6月5日



「台湾に3回、我が部隊に3回、合計6回の空襲で我が方の損害は飛行場3カ所の完全破壊と小型空母1隻の喪失か・・・」


 1機艦司令長官の山口多聞中将は旗艦「大鳳」の艦橋で、事実を確認するように呟いた。今の時刻は午後4時を過ぎたところで、徐々に今日の戦いの詳細が判明してきており、既に戦果報告と集計も終了していた。


 「大鳳」から少し離れた海面を航行している準装甲空母の「山城」は艦の後部から黒煙を噴き上げていた。「山城」は従来の空母とは違い、飛行甲板に装甲が装備されているため、命中した爆弾の貫通を許さず、格納庫に被害を及ぼすようなことはなかったが、発着艦不能の状態だ。


 更に3航戦の「飛龍」もヘルダイバーから1000ポンド爆弾2発を叩きつけられていた。こちらは中型空母だということもあり、艦の2カ所で発生した火災が中々鎮火せず、現在艦の速力を10ノットまで墜として消火活動に専念しているような状況であった。


「で、それに対する戦果は、敵正規空母・小型空母各1隻撃沈。巡洋艦2隻、駆逐艦6隻撃沈。空母3隻、戦艦1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破か」


 山口が戦果を再確認するかのように呟き、その戦果が自軍が被った損害よりも格段に多いのにも関わらず、艦橋内にいる将官の中で歓喜の声を上げる者は一人もおらず、当の山口の表情も勝利を喜んでいるようには見えなかった。


 米空母部隊を撃滅するために出撃した2波に渡る攻撃隊の損害が凄惨たるものとなったからだ。出撃した零戦33型96機・彗星96機の内、未帰還は118機にも達したからだ。例のごとく、敵の対空砲火の直中へと突っ込んでいった彗星の損耗率は酷いものであり、現在の稼働機は2割程度まで落ち込んでしまった。


「今回の作戦では基地航空隊と共同で同じ時間に航空攻撃をかけることによってこっちの航空戦力を集中させ、敵の脅威を相対的に分散しようとして、その目論見は実際にうまくいった。それなのにも関わらず、攻撃機にこれ程の損害がでてしまったのは何故だろうか?」


「理由は2つあると本官は考えます。一つは米艦隊の輪形陣を構成している戦艦・巡洋艦・駆逐艦の隻数がマリアナ沖海戦時と比較しても2割程度強化されていたこと。二つ目は機数は40機程度と思われたものの、初見参の機体が出現したこと。特に前者は我が軍の予定を大幅に狂わせたと考えます」


 参謀長の草鹿龍之介少将が答えた。


 戦闘機・攻撃機を合せて1100機という空前の規模で2回に渡る攻撃を仕掛け、多大な戦果をあげることが確実視されていた。しかし、敵艦隊も多数の戦闘機で攻撃隊を迎え撃ち、その後の熾烈極まる対空砲火によって投弾前に多数の攻撃機を撃墜されてしまい、かなりの犠牲が生じてしまったのだ。


 辛うじて母艦に帰還した艦爆搭乗員からの報告によると、敵の戦艦・巡洋艦からの対空射撃がこれまでのものよりも大分熾烈だったようであり、「敵艦から放たれた射弾によって視界が完全に塞がれました」と証言していた者もいた。


「ですが、1機艦は今日の戦いで多数の被害を出したものの、明日以降の戦闘を継続できるだけの力は十分に残していると考えます」


 草鹿が続けて言った。この時点で1機艦の航空戦力は零戦33型250機、彗星20機の合計270機となっている。再度の攻撃隊を出撃させるとなったら厳しいが、明日以降の戦いで守勢に回れば良いと考えれば、まだまだ継戦は可能な状態だ。


 今日の戦いで敵機動部隊は5隻の空母を戦列外から失っており、健全な空母は残り7~8隻、搭載機数は600機程度だと考えられるので、基地航空隊と共同で戦えば対抗できる数であった。


「つまり我が軍から攻撃隊を出すことはもうないのか・・・」


 山口が悔しそうに呟いた。見敵必戦の猛将として知られている山口は敵から一方的に攻撃を受けるような状況は我慢がならないのだろう。このような状況でも守りのことではなく、敵機動部隊撃滅のことを考えられるあたりは山口らしいと言えるのかもしれないが・・・


「残念ながら我が部隊に搭載されている艦爆隊は壊滅に等しい打撃を受けてしまったため、これ以上攻撃隊を出すことはできません。しかし、1機艦全体で見ればまだ敵機動部隊撃滅の方法は残されていると本官は進言します」


 山口の心情を敏感に察した草鹿は直ぐさま何かを思いついたようだ。そして、この一言に対して山口も何かを思いついたかのように司令長官席から身を乗り出した。


「水上砲戦部隊だな?」


「はい」


 山口と草鹿が同時に頷いた。



「1機艦司令部より通信です!」


 木村艦隊旗艦「大井」の艦橋に突如指令が飛び込んできたのは午後4時30分のことだった。司令長官の木村昌福少将は今日の戦いは航空部隊同士の戦いのみで終結すると考えていたため、新たな指示が来たことに少々驚いていた。


「見せてみろ」


 木村は指令が書いてある通信文を連絡兵からひったくるようにして奪い取った。


 そこにはこう書いてあった。


「敵機動部隊を撃滅されたし」








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