第106話 戦闘機隊死地

1945年6月5日


 6月5日も午後にさしかかり、米軍は後方部隊の護衛空母群も戦闘に加わったことによって台湾・1機艦に対する空襲は熾烈さを極めていった。未だに健在な台湾の飛行場からは疾風・飛燕・鍾馗・零戦などの戦闘機などが次々に発進し、迎撃戦に当たっていた。


 そして、この日、台湾に対する3回目の空襲は午後2時30分に来襲した。ちぎれ雲の間を縫うようにして、多数の機影が、台中の飛行場の上空に接近してくる。最初は彼我の距離が離れているということもあって、敵機は小粒程度の大きさにしか見えなかったが、接近するにつれて見慣れたF6F・ヘルダイバー・アベンジャーの形状を整えてくる。


 機数は何と250機。間違いなくこの台湾の戦いで日本軍に向けて放たれた攻撃隊の中で最大規模であろう。


 迎撃隊の総指揮を執る富田進少佐の零戦がバンクし、迎撃隊全機に向けて合図を送った。その合図を待っていたかのように空中待機していた戦闘機隊が一斉に敵大編隊に向けて突撃を開始した。


 富田も零戦の第1中隊を率いて突撃を開始した。前方では、早くも陸軍の「疾風」隊、「飛燕」隊が空戦に突入していた。時速660キロメートル/時を誇る日本軍最優秀機、急降下速度が優れ高空でも速力を維持することができる傑作機と、グラマンF6F「ヘルキャット」のずんぐりした機体が混淆し、右に、左にと旋回しながら背後を取り合う。


 12.7ミリ機関砲と12.7ミリブローニング機銃の火箭が空中に乱れ飛び、被弾・損傷した機体が、悲鳴じみた音を発しながら墜落していった。


 ずんぐりした外見から鈍重そうに見えるF6Fだが、その動きは非常に機敏だ。速度性能に勝っている疾風・飛燕に対して互角以上の戦いを展開している。


 陸軍機とF6Fが戦っているのを尻目に、一群の敵機が、台中の飛行場に向かっていっていた。米海軍の主力艦爆であるヘルダイバーが滑走路やその付帯設備に母艦から運んできた1000ポンド爆弾を叩きつけるべく、突撃を続けているのだ。


「海軍の飛行場は海軍機の力で守る!」


 機内で気合いを入れ直し、ヘルダイバー群に対して闘志を剥き出しにした富田は、敵編隊の右正面から鋭い刀で切り込むように突進していった。ヘルダイバー群の機影がみるみるうちに大きくなり、富田の視界を埋め尽くした。


 零戦隊の接近に気がついたヘルダイバーが緊密な編隊を維持しながら、機首に2丁が装備されている20ミリ機関砲によって弾幕射撃を試みる。だが、開戦劈頭の真珠湾攻撃を初陣として、その後のウェーク島攻略作戦、南方作戦、インド洋海戦、そして、激戦となったトラック沖海戦や第1次マリアナ沖海戦に参戦し、戦歴豊富の富田が操る零戦が火箭に絡め取られることはない。


 富田機はヘルダイバー群の前方から突っ込み、20ミリ機銃の一連射を放ち、急降下によって離脱し、第1中隊の後続機も富田機に倣った。エンジンに一連射を喰らったヘルダイバーが黒煙を噴き出しながら墜落し、機体の後部に一撃を喰らい機体の一部が切り裂かれたヘルダイバーは編隊から落伍した。


 その光景を見たF6Fが慌てたようにヘルダイバーの周りにまとわりついている零戦を追い払うべく、猛速で突っ込んできたが、零戦の攻撃が止むことはない。零戦が機体に4丁が装備されている20ミリ機銃を放つ度に、ヘルダイバーが1機、2機と火を噴き、高空からその姿を消す。


 その光景は捕食者のライオンが、非力なシマウマなどの草食動物を次々に喰らっていき、シマウマの群れの数が徐々に打ち減らされていく光景に見えた。ヘルダイバー群の下に抜けた富田機は第1中隊を率いて今度はアベンジャーの編隊に機首を向けた。


 そのまま富田はアベンジャーに対して機銃をぶっ放そうとしたが、そうはさせじとF6Fの編隊が第1中隊とアベンジャー群の間に割り込んできた。


 零戦とF6Fがほぼ同時に20ミリ機銃、12.7ミリブローニング機銃を放ち、多数の火箭が交錯した。彼我の相対速度が1000キロメートル/時を遙かに超えるため、射撃の機会は一瞬だが、富田はその一瞬を見逃さなかった。


 富田機が放った20ミリ弾がF6Fの右翼に狙い過たず命中し、翼をへし折った。しかし、第1中隊の7番機と8番機がお返しと言わんばかりにF6Fの射弾に絡め取られて撃墜されてしまった。やはり、零戦よりもF6Fの方が防御力は優れているため、後者の方が正面からの撃ち合いは有利なのだろう。


 F6Fの迎撃を突破した勢いで富田機はそのままアベンジャー群に向けて突撃し、間髪容れず、20ミリ機銃を発射する。幾多の米軍機を屠ってきた太い火箭がアベンジャーの機首をヤモリの舌のように舐める。アベンジャーの機首からジュラルミンの破片が飛び散り、火災炎が噴出し、黒煙が後方になびき始める。


 富田が1機を仕留めた頃には第1中隊の他の機体もおおむね1機ずつのアベンジャーを仕留めていた。アベンジャーはヘルダイバーに比べて鈍足であり、その上、重たい魚雷を搭載しながら飛んでいるため与しやすいのだ。


「まだまだ!」


 富田は更なる乱戦へとその身を投じていった。






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