第105話 3空母被弾

1945年6月5日


 「陸奥」の奮戦と「瑞鶴」の懸命の回避運動によって「瑞鶴」は被弾を避けることができたが、まだ敵艦爆の編隊は6隊残っており、まだまだ気を抜けるような状況ではなかった。


「敵艦爆10機以上『山城』に急降下!」


「艦長より砲術長。射撃目標を『山城』上空の敵艦爆に変更!」


 三好が大原に射撃目標の変更を伝えた。


「射撃目標変更、宜候!」


 大原が長10センチ砲や20ミリ4連装機銃の砲声に劣らない声で三好の命令を復唱した。「陸奥」の高角砲・機銃がしばし沈黙し、約1分後、「陸奥」が射撃を再開した。


 「山城」に投弾しようとするヘルダイバーの付近に次々に黒煙が湧き出し、先頭の2機が大きくよろめいて投弾コースから外れた。


 勢いづいた「陸奥」の高角砲が第2射、第3射、第4射を約3秒置きに放つがそれらの砲弾がヘルダイバーを捉えて、撃破・撃墜することはなかった。「陸奥」が放った砲弾は悉くヘルダイバーが既に通過した地点で炸裂してしまっている。


「砲術! 敵の降下速度が諸元よりも速いぞ! 高角砲の仰角をもっと下げろ!」


 「陸奥」が放った砲弾の大半がヘルダイバーの後方で炸裂してしまっていることに気づいた三好は砲術長に命じた。最初に撃墜した2機以外のヘルダイバーは急降下によって『山城』との距離を詰める。


 「山城」の艦上の複数箇所から砲声が轟いた。猛禽の群れのように、「山城」に急降下してきた敵機に対して、爆発光が連続して閃き、空中に爆発煙が湧き出す。


 「山城」に装備されている長10センチ連装高角砲4基が射撃を開始したのだ。1機のヘルダイバーの付近に爆発が起き、機体が大きくよろめき、コックピットに痛烈な1発を喰らったヘルダイバーは火を噴くことなく墜落していった。


 3機目がバラバラに砕けて墜落した。日本軍機に比べて頑丈な造りになっている米軍機は墜落するときでも原型を留めていることが多いため、このようなことになることは少ない。おそらく10センチ砲弾がヘルダイバーに直撃したのだろう。


 この時点で「陸奥」「山城」の対空砲火で撃墜できた機体は5機だ。まだ10機以上の敵機が「山城」に対して急降下を継続している。


 ここでやっと射撃諸元を修正した「陸奥」の高角砲群にも再び命中弾が発生し始める。ヘルダイバー1機の燃料タンク付近に砲弾が炸裂し、空中に火炎が湧き出し機体が消滅し、片翼を失ったヘルダイバーは大量の弾片を大量にぶちまける。


 ヘルダイバーと「山城」との距離はもうほとんどなく、対空砲火の戦果はここまでだと考えられたが、ここで「山城」は切り札を切った。「山城」の艦上4カ所から対空砲火のそれとは異なる異様な音が発生し、何十条もの白煙がヘルダイバーを包み込むように上昇していった。


 日本海軍の航空母艦には既に「大鳳」に搭載され第2次マリアナ沖海戦で戦果を挙げた28連装奮進砲だ。「大鳳」には2基が搭載されていたが、「山城」には倍の4基が搭載されている。


 長い煙が、触手のように敵機に掴みかかり、ヘルダイバーが1機、2機と火を噴く。奮進砲の炸裂が終わり、白煙が消えた直後、「山城」の艦上が閃き、おびただしい数の火箭が突き上がり始めた。


 「山城」の左右両舷に装備されている25ミリ3連装機銃26基による対空射撃だ。「山城」が戦艦から準装甲空母に改装される際の計画書では18基しか装備されない予定の25ミリ3連装機銃だったが、米軍機の急激な性能向上に伴って計画が変更され、最終的に26基が搭載されることになったのだ。


 ヘルダイバー1機が絡め取られ、「陸奥」の高角砲も敵機を1機でも多く撃墜するために砲身を真っ赤に染めて砲弾を撃ちまくる。


 「山城」が転舵を開始した。空母「山城」艦長篠崎斗真大佐は対空砲火だけでは敵機を防ぎきれぬと判断し、回避運動に入ったのだ。


 敵機が「山城」の動きに合わせるために動きを微調整し、降下角を深め、高度800メートルの位置でヘルダイバーが一斉に投弾した。数秒後、多数の水柱が奔騰し、急速転回する「山城」の巨体が隠れた。


 爆弾を投下し終えた敵機が一斉に離脱を開始し、敵機が飛び去ったときには水柱が崩れ、「山城」が姿を現した。飛行甲板の後部から黒煙が噴き上がっている。黒煙の規模から考えて大火災は発生していないようだが、「山城」は発着艦不能となってしまったのだ。


「くそったれ!!」


 三好は目の前の光景に対して思わず罵声を漏らした。「陸奥」は「瑞鶴」を守り切ることはできたが、「山城」には被弾を許してしまったのだ。護衛失敗である。


 そして「陸奥」の艦橋からは死角となっており、三好の視界には入っていなかったが、このとき「山城」の他にも2隻の空母が被弾し、艦内から黒煙を噴き出していた。


 3航戦の「飛龍」と5航戦の「千歳」だ。「飛龍」は2発、「千歳」は3発の直撃弾を喰らっており、先の重爆部隊の攻撃によって被害が既に蓄積していた「千歳」は艦長の平石秀大佐が消火・復旧は不可能と考え、「総員退艦」を命じていた。







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