第91話 陸海軍共用機「疾風」

1945年4月



 1944年10月、1種類の機体が正式採用された。


 4式戦闘機「疾風」


 「疾風」は小山悌技師長を設計主務者とする中島製戦闘機の集大成とも言える機体であり、基本設計はオーソドックスな構成ながら、速度、武装、防弾、航続距離、運動性、操縦性をバランス良く纏め、設計段階で生産性も考慮された機体となっている。


 特筆すべきはその最高速度で高度6000メートルにおいて660キロメートル/時とこれまでに正式採用された日本製戦闘機の中では最速を誇っている。「疾風」は10月に正式採用されてからまだ日が浅かったが、大本営と陸軍が「鍾馗」「飛燕」の生産数を減らしてまでも「疾風」の生産を優先させたため、既にかなりの数の「疾風」が実戦部隊に配備されつつあった。


「飛行長、定期点検・部品交換終了しましたよ~」


 飛行第47戦隊は整備指揮班長を務めている刈谷実大尉は大汗をかきながら飛行長がいる建物の中に入っていった。


 刈谷は日本軍の期待を背負っている「疾風」を装備する虎の子戦隊の第47戦隊の整備指揮班長を務めており、以前いたトラック環礁では搭乗員連中から「整備の神様」とまでもてはやされていた優れた人物だ。


 この時期の日本軍の航空機の管理状況はおしなべて劣悪なものであり、整備に関しても航空機の部品の一つが壊れたときにその都度部品を取り替えるといった付け焼き刃的に処置が取られていた。


 しかし、刈谷は戦隊内に指揮小隊を設けそこで機体整備に関する全てを掌握し、厳密なる飛行時間の管理、点火プラグの早期交換、定期的なオーバーホールなどのこの時代の日本軍としては先進的な方法を取り入れることによって航空機の稼働率を大幅に底上げすることに成功していたのだった。


「いつもありがとう。貴官のおかげでこの飛行第47戦隊が持っているといっても過言ではない」


 刈谷の申告に対して47戦隊飛行隊長の皇翔大佐が労った。


 皇は太平洋戦争が開戦する前から行われていた日中戦争に従軍しているようなエース・パイロットであり、階級も大佐と大尉の刈谷にとっては雲の上の存在だったが、皇自身は気さくな性格で、刈谷に対しても同じような立場で接してくれるような人物であった。


「そんなことはありません。私はただ自分の職務を遂行したまでです」


 刈谷は謙遜し、話を続けた。


「部隊の訓練状況はどんな感じですか?」


「大尉のおかげで『疾風』の稼働率が他の部隊よりも非常に高い水準で維持されているため、燃料が不足している状況下であっても順調に訓練ができている。まあ70点といったところだ」


 皇の話に刈谷は内心感心した。既にこの戦争が始まってから3年以上が経過し、部隊の中に占める新兵の割合が50%が超えているという状況だからである。


「私が預かっている部隊こそ比較的順調に練度が上がってきているが、他の部隊はそうでもにようだ・・・」


「特に海軍部隊は厳しいでしょうね・・・」


 陸軍は時速660キロメートル/時という超高性能に半ば狂喜してこの「疾風」の正式採用に踏み切ったが、この「疾風」の高性能に注目したのは陸軍だけではなかった。


 「疾風」の性能をどこかで聞きつけるやいなや即座に海軍側は陸軍側に申し入れを行い、海軍も陸軍に相乗りするかたちで正式採用に踏み切ったのだった。


 こんな感じで海軍が勢いで採用したのはいいものの、陸軍機と零戦のような海軍機では勝手が違うという事もあって中々練度が上がりきっていないというのが現状だ。


「海軍の『疾風』装備部隊の事は確かに気がかりだが、私達がどうこう出来るものではないな」


 皇はため息をついた。


 陸海の期待を背負った「疾風」は前途多難なスタートを切ったのだった。



「次の米軍の来寇時期は6月、場所は台湾で間違いないな?」


 連合艦隊司令長官の山本五十六大将はGF旗艦「扶桑」の艦橋に足を運んでいた。様々な方面から信頼を集めている山本は今や海軍だけではなく、日本軍全体の主要人物となっているため非常に多忙の身ではあるのだが、米軍の来襲時期が迫ってきたという事もあって確認のために「扶桑」に足を運んだのだった。


「はい。太平洋各所に散らばっている潜水艦からの報告と、軍令部の情報課からの報告を総合的に吟味したので間違いはないと考えています」


 GF参謀長の志摩清英中将が山本の質問に即座に答えた。ここら辺は流石志摩といったところである。


「もう最終決戦だな。こちらとしても、米軍にしても」


 山本の言葉に「扶桑」に詰めていた全ての将官が頷いた。


「海上護衛総隊が頑張ってくれているおかげで内地の燃料事情は何とか保たれています。それでも一部の訓練は制限をかけなくてはなりませんでしたが、それでも6月頃には膝下全部隊の出撃準備が整う予定となっています」


 志摩が連合艦隊の現在の状況を報告した。

 

「『山城』と『陸奥』が再び戦列に復帰し、それに加えて祥龍型空母が相次いで竣工したことによって幸いにもこちらの戦力は充実している。あとは待つのみだ」


 日本の運命を決める台湾での戦いは目前に迫っていた。




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