第90話 結集する力

1945年3月



 2度のマリアナ沖海戦やその合間に断続的に行われたマリアナ~トラック間の基地航空隊同士の戦いによって日本軍の航空戦力は著しく打ち減らされてしまったが、海上護衛総隊の活躍によって航空機の生産は比較的順調に行われていたため、日本軍は何とか戦力の立て直しに成功しつつあった。


「航空機と空母の隻数はなまじ揃っているから目につきにくいが1機艦の戦力は明らかに低下してきているな」


 1機艦の空母部隊に所属している空母「瑞鶴」飛行隊長を務める熊沢健介中佐は艦戦隊の練習風景を見ながらため息をついていた。


 熊沢は直近のマリアナ沖海戦や1943年に生起したトラック沖海戦だけではなく、1942年の4月に行われたインド洋作戦、5月に生起した珊瑚海開戦にも参戦しているようなベテランだ。そのベテランである熊沢の目には日本海軍の空母部隊の弱体化が目に見えて分かるのだろう。


「歴戦の強者である飛行長にはやはり練度不足なように感じるか」


 熊沢の後ろから一人の将官が近づいてきた。この「瑞鶴」艦長の大枝裕太大佐だ。


「はい。開戦時はおろかマリアナ沖海戦の直前と比較したとしても搭乗員の練度がかなり低下していると感じています。特に2度のマリアナ沖海戦で未帰還率が非常に高かった彗星隊は、自動的に実戦経験の無い新兵の割合が増加してしまっているため練度低下の傾向が顕著です」


 話しかけてきた大枝に対して、熊沢は現在の「瑞鶴」の艦載機の搭乗員達に関する率直な意見を述べた。飛行長としては猛訓練によって搭乗員の練度の底上げをおこないたいところであったが、その訓練計画を作るには艦長である大枝と密接な情報共有をしなければならないのでこの機会に情報共有をしてしまおうと熊沢は考えていた。


「貴官の見立てではあと何ヶ月で前線で戦えるレベルに搭乗員達が達すると考えているかね?」


「艦戦隊はあと2ヶ月、訓練の遅れている艦爆隊も何とかあと3ヶ月半あれば・・・」


 大枝の質問に対して熊沢は歯切れが悪そうに答え、その回答を聞いた大枝も黙ってしまった。


 何故大枝が黙ってしまったかというと、1機艦司令部から大枝にもたらされた情報によると次の米軍の来寇時期は今年の5月初旬頃であり、熊沢の予定を丸呑みしてしまった場合、「瑞鶴」の搭乗員達は非常に練度が低い状態で次期決戦に参戦しなければならない事になるからだ。


「・・・やはり訓練の密度を上げるしかないか」


 その後、熊沢からより詳しい艦載機搭乗員の今の状況と今後の訓練予定を聞いた大枝は至極当然の案を出したが、それで訓練の密度を上げることが出来るのなら誰も苦労はしなかった。


 マリアナ沖海戦後に「瑞鶴」を始めとする1機艦の全艦艇は損傷艦の修理と戦力の再編のために燃料の豊富な南方ではなく、本土に帰還した。そのため各空母が使用できる訓練用燃料に非常に厳しい制限がかけられている次第なのだ。


 ちなみに、この訓練燃料の出し渋りを聞いた1機艦司令長官の山口多聞中将は海軍の各部署に怒鳴り込んだというが、海軍の所艦艇や基地航空隊にも多数の燃料を使う今の状況では怒鳴り込まれた方も簡単には首を縦に振らなかったらしい。


「今の内地の燃料状況を鑑みると訓練密度を飛躍的に上昇させることは現実的ではないと本官は考えますが・・・」


 その事を知っている熊沢は遠回しに(無理ですよ)と言わんばかりに自分の見解を述べた。


 その後、2人は様々な方法を検討して何とか搭乗員達の練度上昇スピードを上げようと頭を絞ったが、結局何も出てこなかったのだった・・・。



 内地の空母部隊が懸命の戦力再建に臨んでいた頃、日本本土の遙か南方に位置する台湾では基地航空隊が次々に展開を始めていた。


 日本軍の基地航空隊と言えば海軍では第11航空艦隊、陸軍は第8飛行師団が思い浮かぶが、その2部隊は現在マリアナ諸島に展開しており、動かすことができない。そのため、台湾に陸海の基地航空隊が展開するに当たって新しい部隊が創設された。


 海軍の第12航空艦隊と陸軍の第10飛行師団だ。


第12航空艦隊

司令長官 高柳儀八中将

参謀長  神重徳少将

     疾風     150機

     零戦33型  200機

     零戦32型甲 100機

     春雷      56機

     彗星      80機

     天山     120機

     天河     112機


第10飛行師団

司令長官 遠藤三郎中将

参謀長  小野寺信少将

     疾風      200機

     飛燕      150機

     鍾馗      150機

     隼2型      50機

     雷雲      112機

     闘龍       24隻


 上記はあくまでも編成表上の総数であり、この1945年3月の時点では配備率は5割といったところであったが、基地航空隊所属機は空母艦載機よりも優先的に燃料を回されているため、搭乗員達の練度は比較的順調に上がってきていた。


 それらのことを勘案すると3ヶ月後の6月には台湾に配備される予定の基地航空隊全機がそろい踏みする予定となっていた。陸海の基地航空隊の総数は戦闘機だけを数えても合計950機となっており、来るべき最終決戦時には内地で訓練中の第1機動艦隊と共同して米艦隊に痛撃を与え、講和への道筋を付けることが期待されていた。









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