第4章 決戦の時

第89話 老雄復活

1945年2月



 日本軍呼称「第2次マリアナ沖海戦」が終結してから約2ヶ月、戦艦から準装甲空母に改装された「山城」が竣工しようとしていた。


「よくあの洋上の違法建築を空母に改装したものだな」


 佐世保造船所所長の前中知治少将が竣工した「山城」を感嘆の面持ちで見ていた。


 前中が佐世保造船所所長に任命されたのが1943年の半ばであり、この「山城」の改装を最初から見ていたわけではないので、余計に「山城」が戦艦から空母に改装されたことに対して衝撃を感じているようだった。


「準装甲空母となった『山城』の総搭載機数は零戦33機、彗星20機の合計53機となっており、飛行甲板は『赤城』と同様の強度を持っています」


 前中に随伴していた「山城」空母改装時の艤装委員長を務めた篠崎斗真大佐が前中に対して空母「山城」の説明を始めた。


「合計53機か・・・。ヨークタウン級の次に出てきた米正規空母エセックス級が搭載機100機~110機だということを考えるとささやかな数かもしれぬな」


「確かにこの艦自体の搭載機数は53機と飛鷹型に毛が生えた程度ですが、実際の空母対空母の戦いは1対1で行うものではなく、艦隊の全ての艦が協力して戦うものです。その事を考えると装甲によって沈みにくいという特徴と弾薬庫や燃料庫などの容積が従来の空母よりもかなり広めに取られているという特徴を持つこの『山城』は非常に有用な艦だと考えています」


「・・・なるほど」


「この艦の対空兵装はどうなっている?」


「この艦の対空兵装は長10センチ連装砲×4基、25ミリ3連装機銃×26基となっており、新装備の28連装奮進砲も4基が装備される予定です。28連装奮進砲はまだ半分しか取り付けが完了していませんが、あと2週間もすれば全ての対空兵装が装備完了するでしょう」


「28連装奮進砲は正式採用された際に実際に私も試射を見ているが、あれは使い物になる兵器なのか?」


「本官は砲術の専門家ではないので詳しいことは砲術長に聞いてみないと分かりませんが、この『山城』を預かる身としては来るべき決戦の前に新兵器の有効な使い方を発見するように勤めるのみです」


 ここで前中は自らの目線を「山城」からその隣に堂々とした佇まいを誇っている「山城」以上の巨艦に移した。


「『山城』もそうだが、この艦もやっと復活だな」


 戦艦「陸奥」


 1943年に突如発生した爆発事故によって艦の後部に装備されている第3主砲、第4主砲と高角砲・機銃多数が失われてしまった「陸奥」だが1年半に渡る修理(ほぼ改装)を経て再び戦列に復帰する目処が立ったのだ。


「それにしてもビック7の『陸奥』の象徴でもあった40センチ主砲の半分が撤去されてしまうとはな・・・」


 前中は修理を経て大きく様変わりした「陸奥」の後部に関して言及した。少将に昇進して佐世保造船所所長を拝命する前には、戦艦「金剛」や重巡「鳥海」の艦長職を務めるなどの生粋の大艦巨砲主義者である前中には少し残念な光景なのかもしれなかった。


 今の「陸奥」は後部主砲2基が綺麗さっぱり撤去され、その代わり艦の後部に長10センチ連装砲6基が装備されている。修理の際に対空機銃も格段に強化され、「陸奥」は新対空機銃の20ミリ4連装機銃を20基装備されている。


「本官には今の時代にあった装備を有している艦だと思いますよ。この『陸奥』は」


「この艦は戦艦から生まれ変わった防空戦艦とも言うべき艦ですが、この艦の対空能力があれば、既存の防空艦と組み合わせて艦隊全体に濃密な対空砲火を張ることができます」


「そういってもらえると個人的には嬉しいな・・・」


 篠崎に心の中を当てられたような感じになった前中は恥ずかしそうに言った。


「何はともあれ『山城』と『陸奥』が次の決戦に間に合うことは確定した。所長の立場としては決戦前に海軍の戦力を揃えることが出来たことを嬉しく思う」


 前中の言葉に篠崎が大きく頷いた。



「そろそろここら辺の海域もきな臭くなってきたな」


 海上護衛総隊司令長官の及川古四郎大将は今日も相変わらず輸送任務に従事している旗艦「香椎」の艦橋で日米の戦況図を真剣な眼差しで見ていた。


「2度のマリアナ沖海戦は多大な犠牲を出しながらも何とか我が軍が戦略上要地のマリアナ3島を守り切る事に成功しました。しかし、米艦隊の増強は留まることを知らず、日々強化されています。その事を考えると後先は暗いですな」


 参謀長の島本久五郎中将が懸念を表明した。


 島本は話を続けた。


「海上護衛総隊が設立されてからもう少しで2年になりますが、優れた対潜戦術を駆使したこともあって部隊の損害もたいしたことは無く、護衛対象の輸送船の被害も極小化することができたと本官は考えています。しかし、今後この近海が戦場になった場合この輸送線は当然途切れてしまうことが予測されます。その時の対処方法を中央では考えてくれているのでしょうか」


「分からんなぁ・・・」


 島本の至極当然の問いに対して及川は答えることが出来なかった。


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