第88話 橋頭堡壊滅

1944年12月26日



 サイパン島の米軍はいまや大混乱のただ中にあった。


 サイパン島に上陸し、展開しつつある陸軍部隊を護衛するためにサイパン島の沖合に停泊していた戦艦を始めとする護衛艦が、サイパン島に突入しようとする敵艦隊の砲雷撃によって甚大な損害を受けてしまったのだ。


 艦隊の守護神とも言うべき戦艦は1番艦が魚雷1本を喰らい右舷に傾いてしまい、2番艦に至っては最悪な事につい先程魚雷6本の命中によって沈没確実の損害を負ってしまっていた。


 それに追い打ちをかけるかのように日本軍機動部隊から発進した第2次攻撃隊(零戦・彗星)が輸送部隊と既に上陸した陸軍部隊に対して更なる痛打を与え、既に輸送部隊司令官のトーマス・C・キンケイド中将は陸軍司令官との相談の上、サイパン島の橋頭堡から完全撤退することを決めていた。


 現在、陸軍と海軍輸送部隊は撤退準備に明け暮れており、海岸線では多数の小型艦艇が忙しそうに働いていた。


「沈没しつつある『メリーランド』の乗員はこの『ウエストバージニア』で引き受ける。他の沈没艦の乗員は健全な巡洋艦・駆逐艦で収容せよ」


 トーマス・C・キンケイド中将は日本艦隊によって魚雷1本を喰らってしまい、艦が(注水に成功したとはいえ)気持ち右側に傾いてしまっている旗艦「ウエストバージニア」の艦橋で必死に撤退指示を出していた。


 だが・・・


「来るな。日本艦隊」


 我が方の戦艦2隻を手負いの状態まで追い込み、サイパン島の橋頭堡に突入する際の憂いが無くなった日本艦隊が容赦なく突っ込んでくることは確定事項であり、そのことは「ウエストバージニア」の艦橋で日本艦隊の動向をつぶさに観察していたキンケイドが一番分かっていた。


「敵軽巡2隻、駆逐艦5隻以上突っ込んできます!!」


 複数の見張り員からの痛烈とも言える叫びが「ウエストバージニア」の艦橋に次々に飛び込んでくるが、全ての抵抗線が打ち砕かれてしまった今、輸送部隊の司令官としてキンケイドが改めて出来ることは一つも無かった。


 「ウエストバージニア」の主砲が最後のあがきと言わんばかりに主砲を敵艦隊に向けて次々と発射し、真珠湾攻撃後の改装時に多数が増設された高角砲・機銃までもが敵艦隊に火を噴いていたが、魚雷の命中によって艦自体の並行が失われてしまった今となっては本来は当たる物も当たらなかった。


 不意に敵艦隊に随伴していた艦の内、駆逐艦が面舵を切り始めた。


「・・・!!」


 キンケイドはここにきてあることを思い出した。


 日本海軍に所属している駆逐艦は米海軍のそれとは違い次発装填用の魚雷を艦内に常備しているということを。


「おっ、面舵!!」


 「ウエストバージニア」の艦長もキンケイドと同じ事を悟ったのか、まもなく発射されるであろう魚雷を回避すべく転舵を命じたが、3万トンを超える巨体を有している上に、既に手負いの状態になっている「ウエストバージニア」の舵は鈍い。


 3分後、「ウエストバージニア」の艦真下が断続的に突き上げられ、水面下の装甲を何カ所も喰いらぶられた「ウエストバージニア」は大きく左舷に傾いていた。



「敵戦艦1番艦大傾斜!!」


「海軍さんは最高の仕事をしてくれたようだな」


 陸軍襲撃部隊「雷雲」20機を指揮する荒屋俊作少佐は愛機の「雷雲」の機内で満足そうに呟いた。


(沈みつつある戦艦が2隻、巡洋艦が3隻、かなりの損害には違いないが輸送船はまだ多数健在か・・・)


「指揮官機より『雷雲』隊全機へ、目標は敵輸送船。繰り返す、目標は敵輸送船。魚雷艇などの戦闘艦が未だに多数健在だが目もくれぬな」


 トラック沖海戦時に「雷雲」部隊の司令官として初陣を果たし、かなりこの部隊の指揮に慣れてきていた荒屋はここでも最良の選択をちゃんとしていた。


 荒屋が愛機のエンジンをフル・スロットルに開き、「雷雲」の機体が急加速し、たちまち最高速度に達した。


「後続機続きます!!」


「おう!!」


 機上レシーバーを通して聞こえてきた報告に対して荒屋は力強く返答したが、全身の神経は「雷雲」の操縦桿に集中していた。


 敵輸送船の真上に来る直前で荒屋は爆弾倉の開閉レバーを引いた。


 50キログラム爆弾6発が0.3秒間隔で投下され、内3発が狙いを定めた敵輸送船に見事に命中した。


「グアム島の仇だ!!」


 敵輸送船に50キログラム爆弾が命中したタイミングで荒屋は渾身の雄叫びを上げた。荒屋を始めとする「雷雲」隊は米戦艦の艦砲射撃によって壊滅したと思われていたグアム島の生き残り部隊であり、今回の出撃は艦砲射撃にやられてしまった戦友達や艦砲射撃後に必死の思いで滑走路を整備し直してくれた飛行場の整備兵達に報いるためにも是が非でも今回の攻撃は成功させなければならなかったのだ。


 おそらくマリアナを巡る今日の戦いの最後の攻撃は30分程度で終わり、荒屋機を始めとする襲撃部隊は敵が混乱していたということもあって奇跡的に1機の損失もだすことなくこの攻撃を終えた。


 そして、この「雷雲」隊のダメ押しの夜間攻撃が後の日本軍呼称「第2次マリアナ沖海戦」の幕切れとなった・・・

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