第87話 木村艦隊再び

1944年12月26日


 飯田艦隊に所属している艦の中で、魚雷発射直前まで健全だった艦(重巡4隻、駆逐艦22隻)が決死の思いで発射した約200本の魚雷の内、有効弾となったのは4発だった。


 敵戦艦1隻、巡洋艦2隻、魚雷艇1隻に1本ずつが命中し、その結果、敵戦艦の速力はいきおい18ノットまで低下し、巡洋艦2隻と魚雷艇1隻は悉く沈没してしまった。


 そして、その光景を少し離れた海面から見ているものがいた。


 木村昌福少将率いる木村艦隊だ。


木村艦隊

司令長官 木村昌福少将

参謀長  大下努大佐

第9戦隊 「大井」「北上」

第7駆逐隊「親潮」「初風」「雪風」「天津風」

第8駆逐隊「浦風」「磯風」「野分」「嵐」


 木村艦隊は旧式軽巡2隻、駆逐艦8隻と先程魚雷を発射した飯田艦隊よりも小規模な艦隊だが、「ラバウル沖の奇跡」の立役者となった第9戦隊が所属しているなど隻数の割には強部隊だという評判を、海軍中央から得ている部隊であった。


「敵戦艦1隻に魚雷1本命中!」


「敵艦4隻に魚雷命中の模様。敵艦隊の陣形乱れます!」


 旗艦「大井」の艦橋には現在のサイパン島の敵橋頭堡の状況が次々に飛び込んで来ていた。


「飯田さん達は仕事をしてくれたようだな」


 司令長官の木村昌福少将は冷静に戦況を分析していた。旗艦「大井」の艦橋の中央に置かれている戦況を示すボードには刻一刻と変化する戦況が大量の駒によって示されており、


「艦隊全艦増速、32ノット。敵橋頭堡に突っ込むぞ」


 木村は艦隊無線を通して艦隊全艦に指示を出し、約1分後巡航速度で進撃していた「大井」が増速を開始した。


「敵部隊は我が部隊の存在に気づいていないようですな。米軍のレーダーの能力を考えたら今の時点で艦隊が発見されてもおかしくないと思っていましたが」


 木村の側に控えていた参謀長の大下努大佐が疑問を感じた。


「確かに言われてみればそうだな。先程の魚雷攻撃によって敵艦隊が混乱しているせいかもしれぬ。あと敵部隊を攻撃しているのは1機艦もだしな」


 木村は理由は分からないが、とにかく今のこの状況はありがたいと言わんばかりだった。


「敵戦艦1番艦は大分右舷に傾斜しているな。旧式戦艦かな?」


 木村が双眼鏡を通して先程の魚雷攻撃で大打撃を受けた敵戦艦1番艦を見つめていた。


「よし、第9戦隊と駆逐艦隊の魚雷は全て敵戦艦2番艦を狙え」


 木村は魚雷攻撃目標を定めた。木村は広範囲に魚雷をばらまいて不確実な戦果を狙うよりも、まだ無傷を保っており敵橋頭堡突入の際に最大の脅威になるであろう敵戦艦2番艦を確実に手負いの状態にしようと目論んでいるのだろう。


「敵戦艦1番艦、2番艦の動きに異変あり。我が艦隊の存在に気づいた模様です」


 この報告が飛び込み「大井」の艦橋内はにわかに騒然とし始めた。「大井」に乗艦している将官は全員先程の敵戦艦2隻と飯田艦隊6隻の重巡との砲撃戦の様相を漏らさず目撃しており、その結果、「妙高」が沈没確実、「鳥海」が戦闘・航行不能となったのを見ているからである。


「敵戦艦1番艦の砲撃は脅威にならぬ。敵の脅威は大したことないぞ」


 木村はにわかに浮き足出し始めた「大井」の艦橋要員をおちつかせるように現在の戦況を正しく解説した。


「長官の言うとおりだ。各員焦らずに自分の任務に邁進せよ」


 大下も木村に同調した。ラバウル沖の戦いを通して木村に全幅の信頼を置くようになった大下はこの状況でも何も動じていなかった。


「てっ、敵戦艦発砲。狙いは本艦の模様!!」


 敵戦艦から巨弾を撃ち込まれる恐怖に支配されて半ば恐慌状態に陥ってしまっている見張り員からの金切り声が艦橋まで絶叫となって聞こえてきた。


「全艦速力落とすな。各艦の見張り員は魚雷艇の出現に対して細心の注意を払え!!」


 敵戦艦2隻から巨弾を間断なく、容赦なくぶち込まれている今のような修羅場にあっても木村の指示は極めて的確なものだった。


 接近してくる木村艦隊に対して敵戦艦2隻が約1分間隔で巨弾を撃ち込み、先程の魚雷攻撃を生き残った巡洋艦3隻も射程に入りしだい木村艦隊に対して射撃を開始した。


 大小の砲弾が次々に撃ち込まれているが、木村艦隊に所属している10隻の軽巡・駆逐艦が被弾してマリアナの夜を切り裂くような火柱が打ち上がることはない。


「全艦砲撃開始。照準艦隊左舷側の魚雷艇」


 木村も敵艦隊に負けじと射撃開始を命令した。


 木村艦隊が魚雷艇に向かって射撃を開始し、射撃を開始した途端、敵魚雷艇の動きに乱れが生じ始めた。敵魚雷艇の各艇長は大物を狙う癖がある日本海軍が同じ海面に戦艦という絶好の獲物が存在している今のような状況で、魚雷艇に砲門を向けてくるとは夢にも思っていなかったのだろう。


 いき足が乱れた敵魚雷艇に対して木村艦隊は統制のとれた動きで砲撃を継続した。敵魚雷艇は1艇当たりの砲力が極めて貧弱な事もあり、有効な弾幕を張ることが出来ず、砲戦開始から10分もした頃には大勢は決していた。


 敵魚雷艇は6隻が撃沈され、残りの艦は一部が投げ捨てるように魚雷を発射したものの、遁走するように戦場から消えていった。


 あとは敵戦艦2番艦に対して魚雷を撃ち込むだけだった。

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