第86話 伝統の夜戦
1944年12月26日
夜戦の一番槍こそ第4戦隊3番艦の「摩耶」に譲ったものの、第4戦隊旗艦「高雄」も第6射目に敵軽巡1番艦に痛烈な命中弾を与えることに成功した。
命中した砲弾は見事に敵軽巡の第1主砲を使用不能に追い込み、敵1番艦の砲力の6分の1を奪い取ることに成功した。
毎分8発の優れた速射性能を誇る敵軽巡2隻の連装砲が負けじと反撃し、その2隻に追随している駆逐艦4隻も続くが所詮は5インチ砲だ。
第4戦隊各艦に数発ずつが命中するが、その全てが分厚い装甲に弾き返されて鈍い音を上げるだけであり、何の脅威にもなり得なかった。
夜戦開始から20分が経過する頃には飯田艦隊の前に立ちはだかった5隻の軽巡はことごとく海上に浮かぶスクラップと化し、その内1隻は既にその姿を海面下に消していた。(敵駆逐艦は2隻沈没で残りは遁走)
それに対してこちら側の主立った被害は第4戦隊2番艦の「鳥海」が敵弾11発を喰らい第2主砲旋回不能、第5戦隊3番艦の「妙高」の艦橋に敵弾命中後、艦長死亡の2つであった。
20分に及ぶ砲撃戦で乱れてしまった陣形を整えて約15分後に飯田艦隊はサイパン島の敵橋頭堡に向かって進撃を開始した。
「サイパン島の敵橋頭堡まであと5海里」
「あと少しだな、敵の輸送船団に砲弾と魚雷をたらふく命中させる瞬間まで」
司令長官の飯田典文少将は先程の砲撃戦の最中に発生した小火災が鎮火しつつある「高雄」の艦橋で来たるべき時を待っていた。
「しかし、敵輸送船団を存分に叩くためには輸送船団に随伴していることが判明している敵戦艦2隻、巡洋艦5隻を排除する必要があります。駆逐艦の魚雷を使用するということで宜しいでしょうか?」
参謀長の平田俊平大佐が確認を求めた。
「勿論だ。我が艦隊に随伴している24隻の駆逐艦が搭載している全魚雷を持って敵戦艦を攻撃する」
「あとは敵戦艦の動向次第ですな・・・」
平田は艦橋の天井を仰ぎ見た。
現在の戦況は一見すると敵軽巡部隊を退けて、敵橋頭堡を肉薄にしつつある飯田艦隊が圧倒的に優勢であるように感じるが、サイパンの敵橋頭堡に存在している敵戦艦2隻は旧式艦といえども36センチ砲を搭載している強敵であり、その巨弾がもし1発でも「高雄」を始めとする重巡・駆逐艦に命中した場合、その艦は間違いなく逝ってしまう。
そのことを考慮するとまだ全く油断・慢心できるような状況ではなかった。
そしてこのような悪い考えは往々にしてよく当たるものである。
「見張り員より艦橋。敵橋頭堡内の敵戦艦に動き有り! 我が艦隊を迎撃する模様です!!」
「2隻共か?」
「敵戦艦2隻の砲塔順次こちら側に旋回中!!」
「敵巡洋艦部隊にも動き有り!」
「通信室より艦橋。レーダーに小型艦の反応あり。敵の魚雷艇が出撃してきたものだと考えられます!!」
次々に報告が上げられていく中、「高雄」を始めとする飯田艦隊は徐々に敵戦艦との距離を詰めていった。
約1分後、敵戦艦2隻の艦上にめくるめくる光芒が発生し、暗闇の中で2隻の戦艦が一瞬ではあるがくっきりとその姿を現した。
飯田艦隊を射程距離に捉えた敵戦艦が砲撃を開始したのだろう。
「来るぞ・・・!!」
飯田が「高雄」の艦橋要員全員に呼びかけ、その約40秒後に不気味な音と共に敵戦艦の巨弾が「高雄」の右舷側を音速の1.8倍の速度で通過した。
「相手が格上だからといってただ撃たれることはない。こっちも撃ち返せ!!」
飯田が発破をかけ、第4戦隊、第5戦隊の重巡6隻が一斉に射撃を開始した。
飯田艦隊の重巡が第1射を放った直後、敵戦艦2隻から放たれた第2射が飯田艦隊の付近の海面に盛大に着弾した。
「後続の『鳥海』に至近弾!!」
「・・・!!」
「まずい・・・」
飯田と平田が同時に戦慄した。それほどまでに敵戦艦から放たれた巨弾が「鳥海」の至近に着弾したという事実が恐ろしいものだったのだ。
さらに・・・
「第5戦隊『妙高』速力急減!! 水面下を激しくやられている模様!!」
「・・・魚雷艇だな」
歴戦の司令官である飯田は突如「妙高」を襲った惨状の正体を見破った。
この時「妙高」の右舷には実に4本もの魚雷が命中してしまっており、先程の砲撃戦で艦長が死亡した後に艦の最上級者となった副長が既に「総員退艦」を下令し、多数の乗員が海面に身を投げていた。
「すまぬ、『妙高』」
飯田は沈みゆく「妙高」に対して心の中で敬礼をした。飯田個人としては僚艦の「妙高」の乗員を救いたいところではあったが、敵戦艦2隻から凄まじい巨砲を断続的に撃ち込まれている現在の状況下ではとても「妙高」の乗員を救助する術はない。
「舵で躱せ!!」
飯田が追加の指示を出した。細かい転舵によって敵戦艦の狙いをずらそうというのだ。
「敵戦艦2隻斉射に移った。狙いは本艦と『鳥海』の模様!!」
敵戦艦部隊の指揮官はもう少ししたら飯田艦隊に所属している重巡・駆逐艦が魚雷を発射してくると考え、2隻の戦艦に斉射を命じたのだろう。
40秒後・・・
「本艦に至近弾発生。『鳥海』に敵弾1発命中、被害甚大の模様!!!」
「・・・!!」
「やむをえん。全艦魚雷発射せよ!!」
「妙高」が既に沈没確実となり、「鳥海」が手負いの状態になった今、艦隊を率いている飯田はここまでと判断したのだろう。
この距離から発射した魚雷の命中率は極めて低いだろうが、今はこの魚雷に命運を託すしかなかった。
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