第77話 午後の攻防②
1944年8月7日
1
日米両軍が何日間にも渡り、死闘を演じると思われていたマリアナ沖海戦は1日目の午後の時点で急速に収束しつつあった。
米軍が放った第4次攻撃隊によって第1機動艦隊がかなりの損害を受けてしまったというのが理由の一つに挙げられる。
しかし、一番大きい理由は米第5艦隊旗艦で第1群に所属していた軽空母「バターン」が「彗星」決死の突撃によって艦橋を打ち砕かれ、その後の魚雷3本の命中がダメ押しとなって撃沈され、あろうことか、第5艦隊司令長官の司令長官R・A・スプルーアンス中将、同参謀長エドガー・フィールズ少将の戦死してしまったことだ。
しかも、その攻撃の最中で「バターン」と同じ第1群に所属していたエセックス級正規空母「エセックス」が爆弾3発、魚雷5本を喰らい撃沈されてしまったのだ。
命中した魚雷5本の内、4本が「エセックス」の両舷艦尾付近に相次いで突き刺さったため、艦尾に大量の浸水を許してしまい、「エセックス」は直立するような姿勢で海面下に消えつつあった。
司令長官と次席の参謀長が相次いで戦死した上に、正規空母1隻、軽空母1隻を撃沈させられた第1群は大混乱に陥ってしまっており、その混乱は第5艦隊全体に波及しつつあった。
第1群司令官のクラーク少将は既に撤退する方針を決定しており、残りの部隊にも通知が飛んでいた。
「帰還してきている艦載機の収容を最優先事項とせよ!!」
「ホーネット2」艦長ジョゼフ大佐は混乱するこの状況を少しでもマシにするために懸命に艦長としての責務を果たそうとしていた。しかし、艦隊全体が大混乱に陥っている最悪の状況下の現在、ジョゼフの思いとは裏腹に「ホーネット2」の混乱も収まる気配が無かった。
そもそも、「ホーネット2」といえ無傷で空襲を乗り切った訳ではない。
先程、第1群を襲った敵の攻撃隊は大多数の機体が「エセックス」と「バターン」に殺到したものの、対空砲火によって軸線をずらされた敵艦爆2機が「ホーネット2」に急降下爆撃を仕掛け、その内1発が「ホーネット2」の後部に命中してしまったのだ。
命中角が浅かったため、大損害を被ることだけは避けることが出来たが、火災鎮火に手間取っていた。
「ホーネット2」は「エセックス」「バターン」と同じ第1群に所属している最後の空母のため、他の2隻の分の艦載機も収容しなければならなかったが、「ホーネット2」のキャパに対して収容しなければならない艦載機の機数が多すぎて、こちらの作業も遅々として進まなかった。
米第5艦隊がこの海域の混乱を収めるのにどれ位に時間が掛かるかさえ分からなかった・・・
2
「艦隊針路0度」
第1機動艦隊旗艦「大鳳」より1機艦所属の全艦に向かって無線が飛んだ。針路0度はマリアナ諸島から日本本土に帰還する針路だ。
第3次攻撃終了後に戦果・状況確認のために発進した「彩雲」が敵艦隊が大損害を受けた上で、撤退しつつある米艦隊の姿を発見したため、1機艦もマリアナ諸島から撤退する運びとなったのだ。
当初、米艦隊が撤退しつつあることが判明した際には、「追撃して更なる損害を与えるべし!!」という意見も1機艦司令部の中に存在しており、中々方針が決まらなかったが、最終的には自部隊の被害も米艦隊と同様かなり酷いという理由から追撃方針は却下されたのだ。
今回の海戦で沈没した日本海軍の空母は3隻。
「隼鷹」「飛鷹」「龍驤」だ。
3隻とも開戦直後の早い段階から日本海軍空母機動部隊の中核を担って活躍してくれたが、武運尽きてマリアナの海に沈んでいったのだ。
他に「赤城」「飛龍」「祥龍」が大中破の損害を受けてしまっている。
特に4次に渡る敵航空機の攻撃で徐々に被害が累積していった「飛龍」と、第4次空襲で大ダメージを受けてしまった「赤城」の損害は深刻だ。
「赤城」は速度16ノット、「飛龍」に至っては速力僅か6ノットにまで低下してしまっている。
これだけの損害を受けてしまった1機艦に追撃という選択肢は残されていなかったのだ。
「艦艇の損害もさることながら、それ以上に艦載機の損害が深刻です」
1機艦機艦「大鳳」の艦橋で開かれた全体会議で1機艦参謀長の草鹿龍之介少将は問題点を指摘した。
「参謀長、各空母から艦載機の収容状況の最終報告は来ているのかね?」
「はい、その報告を統計いたしますと、戦闘参加全554機の内、未帰還、着艦後の投棄を除いた、今現在の搭載機数は8空母計290機とのことです」
艦橋全体が静寂に包まれた。余りの損害の多さに皆が沈黙してしまったのだろう。
「それで、戦果はどうなっている?」
司令長官の山口多聞中将が沈黙を破った。
「はっ。3次に渡る攻撃隊の戦果報告と『彩雲』の偵察で判明した状況を総合的に精査すると我が艦隊が挙げた戦果は敵空母5隻撃沈、4隻撃破となります」
参謀の1人が報告した。
先程とは打って変わって艦橋内が歓喜に包まれた。攻撃隊がこれだけの戦果を挙げたのだから当然と言えば当然である。
「静かに!!」
浮き足立つ参謀達に対して山口が喝を入れた。
まだまだ話さなければならない議題がたくさんあったからだ。
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