第76話 午後の攻防①

1944年8月7日


 午前12時から午後2時の間は日米両軍共に攻撃隊を発進させることが出来ずに戦闘に小康状態が訪れていたが、午後2時過ぎ、日米両軍は相次いで攻撃隊を発進させ、戦闘が再開した。


 日本軍は本日3回目、米軍は本日4回目の攻撃だ。


 現地時間午後3時25分、先に敵機動部隊を視界に捉えたのは日本軍攻撃隊だった。


「突撃態勢、目標敵『甲3』部隊」


 第3次攻撃隊の総指揮を務める「瑞鶴」艦爆隊長、大村蓮少佐は膝下全機に下令した。


 敵甲3部隊は1時間程前に機動部隊所属の「彩雲」が新たに発見した新手の機動部隊であり、空母3隻を擁していることが確認されている。


「艦戦隊空戦開始します!!」


「彗星」の機上レシーバーから報告が飛び込んで来た。


「了解!!」


 大村は力強い声で報告に対して返答した。


「指揮官機より全機へ。機体間隔を密にし、敵戦闘機の襲撃に備えよ」


 機動部隊各艦から出撃してきた「彗星」「天山」が部隊ごとに機体間隔を詰め始めた。敵戦闘機の襲撃に対して機銃の束で対抗しようとしているのだ。


 大村は今一度空域全体を見渡した。

 

 既に基地航空隊の零戦隊がF6Fと乱戦状態に突入しており、被弾した機体が1機、また1機と墜落していった。大村が見ている感じだと被弾・墜落していく機体は零戦側の方が少しだけ多いように感じられた。


 しかし、零戦隊はこれまでの空戦で疲れが溜まっているにも関わらず、よく奮戦し、攻撃機の周りにも機動部隊の零戦が張り付いていたという事もあり、機動部隊発進の攻撃機に攻撃を仕掛けることが出来たF6Fは全体の1割程度の数に過ぎなかった。


 零戦隊の妨害をくぐり抜けて、決死の攻撃を仕掛けてきた10数機のF6Fは艦爆隊よりも鈍足な「天山」隊に襲いかかった。


 敵機の接近に気がついた「天山」が一斉に機銃を放つが、密集隊形になっているとは言え、「天山」に装備されている豆鉄砲で防御力に定評があるF6Fを撃墜する事は至難の業であり、最終的に「天山」隊は1機のF6Fを撃墜することも叶わなかった。


 お返しとばかりにF6Fが「天山」に対して12.7ミリ弾をぶちまけた。


 3機の「天山」が立て続けに被弾し、マリアナの海に消えていった。


 しかし、攻撃機の被害はそれだけだった。


 艦爆隊全機と「天山」の殆どの機体は敵輪形陣の内部に侵入することに成功した。


「敵1番艦、2番艦を重点的に狙う。艦爆隊、艦攻隊は2隊に分かれろ」


 大村は指示を出した。第3次攻撃隊の攻撃機の総数は1次、2次の時よりもかなり少ないため、大村は少ない機数で全ての空母を狙うよりも狙う艦を絞った方が良いと考えたのだ。


「全機突撃せよ!!」


 大村が号令をかけた直後、彗星隊の周囲を黒煙が包み込んだ。


 敵空母を護衛している巡洋艦・駆逐艦が対空射撃を開始したのだろう。


 まず、「天山」1機が対空砲火に絡め取られて墜落していき、大村が直率している「瑞鶴」隊12機の内、2機が被弾して大きく態勢を崩して編隊から落伍した。


 味方機が周囲で被弾し、散華していっているのにも関わらず突撃を止める攻撃機はいない。全機が敵空母に必殺の爆弾・魚雷のぶち込むべく進撃を続けている。


 大村率いる「瑞鶴」隊が急降下を開始した。


 敵空母1番艦が転舵を開始し、同時に対空射撃も開始した。


「1600、1400・・・」


 ペアの搭乗員が高度計を読み上げ、爆弾投下のタイミングを図っている。この時、大村の意識は全て投弾に集中しており、味方機の事など意識の埒外に飛んでいたが、敵空母の対空射撃は凄まじいものであり、「瑞鶴」艦爆隊は更に2機の「彗星」を喪失してしまっていた。


 列機が次々と被弾・撃墜されていく中、「瑞鶴」隊は徐々に敵空母1番艦との距離を詰めつつあった。敵空母1番艦は転舵によって投弾時の軸線を巧みにずらそうと試みているが、開戦以来の歴戦艦である「瑞鶴」隊の搭乗員は比較的ベテランパイロットが多かったため、軸線が狂わされるようなことは無かった。


「・・・?」


 大村は不意に敵空母の形に違和感を覚えた。敵1番艦は正規空母のはずなのに全長がかなり小さかったのだ。大村の目には護衛の軽巡よりも少し大きく、ヨークタウン級の7割程度であるように感じられた。


「軽空母か!!!」


 大村は違和感の正体に気づいた。大村は敵1番艦は必ず正規空母であるという1種の先入観みたいなものを持っていたためこのことに気づくのが遅れたのだ。


「空母には変わりない!!」


 大村は一瞬だけ心の中で落胆したが、直ぐさま気合いを入れ直した。軽空母だろうが、正規空母だろうが攻撃隊指揮官として目標に必殺の爆弾をねじ込むだけだ。


「800、600・・・」


 投下高度の600メートルに達したが大村はまだ投弾レバーを引かない。大村は九度400メートルで爆弾を投下する腹づもりなのだ。


 その時、大村機に凄まじい衝撃が走った。大村が自機の右翼を確認すると、半分以上が敵弾によってもぎ取れれてしまっていた。


 帰還不能。


「そのまま突っ込むぞ!!」


 大村は覚悟を決めた。高度計は既に200メートルを切っており、眼面一杯に敵空母の甲板が映し出されていた。


 大村機の意図を悟った敵空母から対空射撃が集中し、大村機の両翼がもぎ取られるが、大村機が針路を変更することは無く、両翼を失い空気抵抗が減少した分、大村機は更に加速した。


 大村機が敵空母1番艦の艦橋に命中し、大村機から切り離された爆弾が、大村の意志を引き継いだかのように敵空母の甲板をぶち抜いて、格納庫で炸裂した。


 この大村機の決死の突撃によって敵空母1番艦は大火災に包まれた。


 そして、大村はもちろん知る由も無かったが、この大村機の決死の突撃が海戦のながれを一変させた。


 そう、大村機が突入した軽空母は米第5艦隊旗艦の「バターン」だったのだ・・・






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