第74話 マリアナ1944⑨

1944年8月7日



「敵空母1隻撃沈、2隻撃破か・・・」


 日本海軍(母艦航空隊)の第2次攻撃隊指揮官を務めている「赤城」艦攻隊長山本航少佐が「天山」の機内で敵の損害状況をつぶさに確認していた。第1次攻撃隊の時には敵の妨害に遭って詳しい戦果を確認することが出来なかったが、この第2次攻撃隊の終了時には幸運な事に戦果を確認する機会に恵まれたのだ。


 山本が今一度機体を傾けて海面の状況を確認してみると、輪形陣の中央に存在していた正規空母1隻、軽空母2隻の内、軽空母1隻は多数の魚雷に艦体左舷を抉られ、大きく左舷に傾いており、アメリカ空母特有のまな板のような平べったい飛行甲板が半分以上海面に浸かっていた。艦には既に「総員退艦」が下令されているようであり、多数の乗員が空母が沈没した際の艦の吸引力から逃れるべく懸命に泳いでいた。


 もう1隻の軽空母は艦長の神がかり的な操艦によって「天山」15機以上の攻撃をことごとく躱し、その速い足を活かして爆弾1発の命中で空襲を切り抜けていた。正規空母は魚雷1本に水面下を抉られ、その後、5発もの500キログラム爆弾が立て続けに命中し艦橋も全壊していたが、艦が沈没する様子は無かった。(その他の戦果は基地航空隊による軽巡1隻、駆逐艦2隻の撃沈)


 沈没した空母、軽巡、駆逐艦から脱出した乗員を救うべく懸命の救助活動が行われようとしており、大火災を起こしている正規空母の消火活動も始まろうとしていた。


 しばらく山本が海面の状況を確認していると、投弾・投雷を終えた「彗星」「天山」が山本機の付近に集結しつつあった。数は出撃時の約6割ほどにまで減じてしまっており、生き残った機体も無傷の機体は殆ど無く、だいたいの機体が何らかの損傷を受けているような状況であり、戦果を挙げたのにも関わらず、敗残兵のような様子を呈していた。


「機体針路全機0度、艦隊へ帰還する」


 山本は機上レシーバーを通して指示を出した。


 多数の損害を出してしまった第2次攻撃隊だが、一定の戦果を挙げることに成功し、後は母艦へ帰還するだけだった。



 日本軍の第2次攻撃隊が攻撃を終え、帰路に着こうとしていた頃、1機艦もまた米軍の第2次攻撃隊から航空攻撃を喰らい、4隻の艦が黒煙を噴き上げていた。


 その内の1隻、防巡「青葉」の艦上で第1・2防空戦隊司令長官の福永拓也少将は呆然と立ち尽くしていた。


「青葉」は艦上2箇所から猛煙を噴き上げている状況であり、「青葉」自慢の高角砲も6基中3基が跡形もなく破壊されてしまった。先程行われた米軍の第2次攻撃時に「青葉」は第1次攻撃の時と同様「大鳳」の援護を行っていたが、「青葉」の事を脅威と感じた敵艦爆の一部の機体が「青葉」を無力化すべく急降下爆撃をかけてきたのだ。


「大鳳」の援護に専念していた「青葉」は敵艦爆の急降下爆撃に対して十分な回避運動を行うことが出来ずに爆弾2発を艦後部に喰らってしまう結果となったのだ。


「青葉」艦長の美馬大佐が適切な消火活動を指示したことによって「青葉」が沈没する危険性は無かったが、かなりの損害を受けてしまった「青葉」がこれ以上、戦列に留まることが出来ないのも事実であった。


「戦隊司令長官として稚拙だったかもしれぬな」


 福永が悔しそうに独りごちた。


「いや、あのタイミングで艦の回避行動を優先せずに、『大鳳』の援護に専念することを命じた司令官の判断は適切だったと本官は考えます」


 落胆する福永に対して参謀の梅屋良介中佐は真逆の考えを持っていた。


「そもそも本艦のような防空艦は空母を守るために誕生した艦種であり、あの場面で防巡が回避運動を優先してしまったら本末転倒だと考えます」


「貴官の意見は最もだが、この艦に乗艦している乗員だって帝国海軍の貴重な戦力であることには変わりない。高角砲に敵弾が命中したときには高角砲が破壊されるだけではなく、砲員も戦死してしまい、それは結果として砲員の練度の低下につながってしまうしな」


「空母と防巡が同時に狙われた際の善後策については帰還してから本官が研究したいと思います」


 こういう時こそ対空射撃のプロフェッショナルである梅屋の出番であった。


「被弾した空母はどうだ?」


 福永は意識を自艦のことから空母へと切り替えた。


 先程の空襲では「大鳳」の他にも2航戦の「龍驤」、3航戦の「飛龍」「祥龍」が敵艦爆の激しい攻撃に晒された。


 「青葉」の献身的な対空射撃に大いに助けられた「大鳳」は被弾0で空襲を切り抜けることに成功したが、爆弾4発を容赦なく小さくアンバランスな艦体に叩きつけられてしまった「龍驤」は轟沈してしまい、第1次攻撃時に既に2発を被弾していた「飛龍」は更に3発をもらい艦全体が大火災に見舞われており、艦の速力も19ノットまで低下しているような状況であった。


 「祥龍」は被弾1発のみであったが当たり所が悪く、速力が22ノットまで低下しているような状況であった。(1時間後に28ノットまで回復する予定)


 1機艦はここに来て空母1隻を失ってしまい、1隻を手負いの状態にされてしまったのだった・・・。


そして最悪なことに米軍の第3次攻撃隊があと1時間程で来襲しようとしていた。


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