第75話 マリアナ1944⑩
1944年8月7日
1
マリアナ諸島(サイパン島・テニアン島・グアム島)の日本軍基地航空隊の各飛行場は大混乱に陥っていた。
第1次攻撃隊・第2次攻撃隊に参加した海軍機が相次いで帰還してきていたからだ。
11航艦の司令部は第2次攻撃隊が帰還した直後に、第1・2次攻撃隊の残存機を集めて第3次攻撃隊を編制する構想を練っていたが、米軍の猛烈な迎撃によって第1次攻撃隊・第2次攻撃隊共に多数の被撃墜機を出してしまった上に、辛うじて帰還してきた機体も被弾・損傷している状況とあっては、11航艦司令部も当分は第3次攻撃隊の準備・発進を延期するしかなかった。
「とんでもない有様だな、特に艦爆隊と艦攻隊は」
11航艦参謀長の酒巻宗孝少将は、友軍機が痛々しい姿を晒しながら帰還してくる様子を見ていた。酒巻は普段は冷静な男であり、感情を表に出すことは滅多に無いが、この時ばかりは司令部の一員として、いや、一人の人間として、やりきれない気持ちが顔に出ていた。
「ちょっといいか?」
酒巻は帰還して直後の搭乗員1名に声をかけた。
「・・・!!」
参謀長のような高官に呼び止められて、その搭乗員は驚いたのだろう。少しおどおどした足取りで酒巻の元へやってきた。
「零戦33型の搭乗員か?」
「はい、私は24航戦に所属している艦戦隊の搭乗員の一人です」
酒巻に呼び止められた搭乗員は帰還直後ということもあって、かなり疲れている様子だったが、そこは海軍士官というべきか、ハキハキとした声で酒巻の質問に答えた。
「艦爆隊と艦攻隊の損害が随分と酷いようだが、米軍の迎撃はそれほどまでに激しかったのか?」
酒巻はいきなり本題の質問に入った。たった今、仲間の搭乗員達の死を目の当たりにし、死線をくぐり抜けてきた搭乗員にこの質問をするのは酷なように感じられたが、これからの損害を少しでも軽減するために、11航艦の参謀長として酒巻には必要な情報であった。
「米軍の艦戦隊は全てF6Fに置き換わっており、戦力的には侮れないものでしたが、こちらの攻撃隊(基地航空隊+母艦航空隊)に随伴している零戦の数がかなり多く、それらは最新型の33型だったため敵艦隊に攻撃隊が取り付くまでに撃墜された攻撃機の機数はむしろトラック沖海戦の時よりも少ないと感じました」
「しかし、米艦1隻、1隻がトラック沖海戦の時より大幅に対空火器を増設しているのか、対空射撃の脅威は零戦に搭乗していた本官の目から見ても凄まじいものに感じられました」
「なるほど、対空火器か・・・」
酒巻は頷いた。搭乗員の話を聞いて少し引っかかることがあったが、今は心の奥底に封じ込めた。
「33型とF6Fはどちらが優勢だ?」
「両機の性能はほぼ互角であるように感じましたが、F6Fの方が防弾装備が優れている分、撃墜比率はこちらの方が不利だと認識しています」
「話に付き合ってくれてありがとう」
酒巻は搭乗員に礼を言った。
「さて、長官に報告に行くか・・・」
酒巻は司令部壕がある方向へと歩き出した。
2
8月7日の午前12時の針が回った時点での各部隊の状況は以下の通りだ。
第1機動艦隊(日本)
沈没 空母「龍驤」「隼鷹」
大破 空母「飛鷹」「飛龍」「祥龍」、重巡「青葉」
中破 空母「大鳳」
8月7日の午前終了時点で米空母からの、のべ650機にも及ぶ攻撃隊の猛攻に晒された第1機動艦隊は艦隊直衛機の奮戦と、各艦艦長の適切な指示によって第2次空襲までの被害を「龍驤」1隻のみの沈没に抑えていた。
しかし、直衛機が損耗し、更に「大鳳」を守っていた防巡「青葉」が損傷した(第2次空襲で2発被弾)後の第3次空襲では被害が累積してしまった。
「大鳳」に魚雷1本、「隼鷹」に魚雷5本、「飛鷹」に魚雷2本が命中し、空母を守ってくれていた駆逐艦2隻も魚雷の命中によって沈没の憂き目を見た。(「大鳳」は損傷を復旧した後、戦列復帰出来る目処が立っているが、速力が9ノットまで低下してしまった「飛鷹」は完全に戦列外と判断された)
零戦33型、彗星、天山の損耗率は各々15~20%程
基地航空隊(日本)
飛行場損害 無し
航空機損害(攻撃参加機) 零戦33型 損耗率 13%
零戦32型甲 損耗率 22%
99艦爆 損耗率 61%
97艦攻 損耗率 49%
戦闘機隊の損害は最新の33型を戦列に投入したことが影響し損耗率は比較的抑えられたが、敵艦隊の猛烈に対空砲火にもろに突っ込んでいった攻撃機の被害状況は凄惨たるものだった。(午後も母艦航空隊に呼応して第3次攻撃隊を出撃させる予定だが戦闘機隊しか出せないような状況)
第5艦隊(米)
沈没 軽空母「ラングレー」「カウペンス」「キャボット」、軽巡2隻、駆逐艦5隻
損傷 正規空母「バンカー・ヒル」「レキシントン2」
軽空母 「サンジャストン」
航空機の損耗率 25%
米第5艦隊も第1機動艦隊と同様かなりの損害を被っており、艦載機の収容と損傷艦の消火に手間取っているような状況であった。当初の予定では、第4次攻撃隊の出撃時刻は午後1時半頃に計画されていたが、実際には午後2時頃までずれ込みそうであった。
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