第57話 旧式軽巡の意地④

1944年1月上旬


 米駆逐艦「エバール」に見事に命中弾を与えた艦は木村艦隊の6番艦を務める陽炎型駆逐艦「天津風」だった。


 「天津風」は陽炎型駆逐艦の4番艦であり、12.7センチ連装砲3基を装備する水上砲戦では日本海軍全駆逐艦の中で最も優れた駆逐艦だ。


「よくやった砲術長!!」


 「天津風」艦長山田信孝少佐は主砲の照準を合わせていた砲術長に賛辞の言葉を贈り、この快挙に艦橋内が一瞬にして沸き返った。


「引き続き砲撃戦を継続します」


 沸き立つ艦橋とは対称的に砲術長は冷静そのものだった。


「このまま畳みかけろ! 相手に立ち直る隙を与えるな!」


 山田が艦全体の士気をさらに上げるべく号令をかけ、それに答えるかのように「天津風」の射撃が主砲斉射に切り替わった。


 6発の12.7センチ砲弾が敵3番艦に殺到しその内1発が見事に命中した。敵3番艦の艦上に再び火炎が巻き起こり、夜闇の中で敵3番艦の姿が一層くっきり浮かび上がった。


「命中!」


「いいぞ!」


 「天津風」は敵弾を一発も受けていない状況下で2発の命中弾を得る事に成功したのだ。


「このままいけるか?」


 山田が完勝の予感を漂わせたが、現実はそんなに甘くは無かった。


「天津風」が第2斉射を放った直後、「天津風」の艦全体に大きな衝撃が走り、一拍置いて艦全体が海面に叩きつけられた。


 ここに来て「天津風」は敵駆逐艦から直撃弾を受けたのだ。


「被害知らせ!」


 先程までの艦橋の雰囲気とは打って変わり、艦橋内が騒然とし始めた。


 「天津風」の副長(応急指揮官)が応急修理の指示を出すべく艦橋を飛び出した。


「艦後部に直撃弾1、被害僅少、されど火災発生!」


 「天津風」が被弾した約30秒後に被害報告が飛び込んできた。


 「火災」という言葉に山田の眉が反応した。


「夜間の水上船では火災の鎮火を最優先としろ、敵から見て格好の目標になってしまうぞ!」


 艦長がダメージ・コントロールについての指示をだし、副長が応急修理の指揮をとっている間に「天津風」の第2、3斉射が敵3番艦に撃ち込まれていた。


 第2斉射は1発の命中弾も得ることが出来なかったが、第3斉射は何と6発中3発の砲弾が一時に敵艦に命中した。


「やったか!?」


 山田が敵艦の瞬時轟沈を期待して艦橋から身を乗り出した。


「まだか・・・」


 山田は敵3番艦を見て少し落胆した。敵3番艦は後部の火災がかなり大規模なものに拡大してたが、まだ完全に戦闘能力を失っているような素振りは無かった。


 今度は「天津風」が敵弾を受ける番だ。敵の第2斉射が「天津風」に大打撃を与えて撃沈すべく飛来してきた。


「・・・!」


 「天津風」の被弾を覚悟した山田が歯を食いしばり、足に力を入れたが、今度は「天津風」に衝撃が走ることも無ければ、「天津風」が火災に見舞われるという事も無かった。


「・・・?」


 山田は「天津風」の被弾を覚悟していただけに不思議な思いに捕らわれた。


「副長より艦長! 発見せらる水柱は6本、全弾遠!」


「そうか!」


 山田は副長からの報告を聞いて合点がいった。先程の「天津風」の第3斉射は後部の火災を強めただけでは無く、主砲塔2基を更に破壊し敵の水面下にも打撃を与えることに成功したのだろう。


「艦長より全艦、敵の主砲弾半減、勝機は我に有り!」


 山田がこれまでにない大音声で全艦に艦内マイクを使って現在の状況を知らせた。この時、先に被弾の予感を覚えたことなど山田の頭から吹き飛んでいる。


 未だ前門健在の「天津風」の主砲が第4、5斉射を放ち、敵3番艦も不利な状況に陥りつつも主砲弾を発射した。


 火災の影響か山田には敵3番艦の主砲弾発射速度が徐々に間延びしてきているように感じた。


 敵3番艦の速度が減少したことによって「天津風」と敵3番艦の位置にズレが生じ、互いの斉射弾はしばらく空振りを繰り返した。


 再び命中弾を得るのは敵3番艦の方が「天津風」よりも早かった。敵3番艦は「天津風」によって既に多数の12.7センチ砲弾を撃ち込まれて、損害が累積しているのにも関わらず命中弾を得る事に成功したのだ。


 この命中弾は見事に「天津風」の第2主砲に直撃し、「天津風」の主砲火力の三分の一を一瞬にしてもぎ取っていった。


 しかし、「天津風」が直撃弾を受ける寸前に発射していた6発の主砲弾がこの戦いの命運を決した。


 2発が命中し、その内1発が既に破壊されていた第2主砲に命中し、その装甲をいとも容易く食い破り主砲弾弾薬庫まで達したのだ。


 敵3番艦が一瞬にして凄まじい光量の光に包まれ、その光によってこの海戦に参加していた全ての艦艇が夜間にも関わらずくっきりと浮かび上がった。


「見張り員より艦長、敵3番艦撃沈確実!」


 見張り員に言われるまでもなく、山田は、いやこの海戦に参加している全ての人間が敵3番艦――「エバール」が轟沈したことを気づいていた。


「本艦照準敵4番艦!」


 山田が敵3番艦撃沈の興奮が冷めやらぬ内に新しい命令を出した。


 敵3番艦を撃沈したことによって「天津風」の士気は天を突かんばかりに上昇しており、艦長の山田としてもこの機をみすみす逃すという手は無かった。


 2分後「天津風」は次なる目標に対して調整射撃を開始したのだった。



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