第56話 旧式軽巡の意地③

1944年1月上旬


 ラバウルを急速に肉薄しつつある木村艦隊に直ぐさま対応することが出来た米海軍の艦艇は軽巡1隻、駆逐艦4隻のみであり、この時ラバウルに停泊していた水上艦艇の約半数だ。


「何故、敵はトラック環礁から撤退した今のタイミングで艦隊をラバウルに送り込んできた?」


 アトランタ級軽巡3番艦「サンディエゴ」艦長トーマス中佐は首を捻った。


「10日程前にラバウルの我が軍の基地周辺に日本軍の潜水艦が出現したことがありました、それと関係しているのではないですか?」


 トーマス中佐の疑問に対して艦橋にいた1人の将官が答えた。


「つまり、今の時点で日本軍の狙いが何なのかは分からないな、陸上からの報告はあるか?」


「基地のレーダー観測所から先程続報が入りまして、敵艦隊の規模は軽巡2隻、駆逐艦7~8隻との事です」


「中小艦艇中心の艦隊編成か、魚雷攻撃を狙っているな」


「出来れば詳しい艦のタイプについての情報も欲しい」


「駆逐艦の艦種は不明ですが、敵巡洋艦の艦種は球磨タイプの模様!」


「球磨タイプ? 日本軍は随分と旧式艦を持ち出してきたのだな、そのタイプは魚雷の攻撃力も乏しく、火力も軽巡としては殆ど無いに等しいと聞いているが・・・」


「しかし、現に日本海軍の艦隊がラバウルに接近してきているのだから奴らに何かを攻撃する意志は当然あるのだろう」


 トーマスは敵艦隊の艦隊編成から敵の狙いを読み取ろうとしているのだ。


 トーマスは何故日本軍が球磨タイプのような大正年間に建造された旧式艦を持ち出してきたのかは分からなかったが、敵艦隊の本命は魚雷攻撃であると確信していた。


「敵艦隊の針路はどうなっている!?」


 不意に嫌な予感がしたトーマスが新しい情報を求めた。


「敵艦隊の針路はラバウル東海岸の我が軍の軍港か基地の模様!」


「東か・・・敵の狙いは輸送船だ!!」


 戦場に転がっていた情報を元に遂にトーマスは敵の狙いを特定した。夜間のこの戦場で早い段階で敵の狙いを正確に特定したトーマスはかなり優秀な将官と言うことができるだろう。


「『サンディエゴ』取り舵一杯、敵艦隊と同航戦に入る! 後続の駆逐艦隊にも同様の指示を送れ、日本軍の目論見を頓挫させるぞ!」


 トーマスがそうはさせじと言わんばかりに大音声で新しい指示を出した。夜の非常に眠たい時間なのにも関わらず、トーマスの体にはアドレナリンが全身を駆け巡っておりトーマスの意識は完全に臨戦態勢となっていた。


「サンディエゴ」の艦首が左に振れ、その動きに後続の駆逐艦も付き従った。


 彼我の相対速度の関係上両艦隊の距離が凄まじい勢いで詰まってきた。


 不意に敵艦隊の動きに僅かな乱れが生じた。敵艦隊もこっちの艦隊を視認して迎撃準備を整えている最中なのだろう。


「敵艦隊順次取り舵! 我が艦隊の頭を押さえに来ています!」


「敵艦隊の司令長官は非常に切れ者のようだな、この1秒単位で戦況が変化していく今のような状況にあってその選択を取ることができるとは」


「もう一度、取り舵! 敵艦隊との同航戦の形を崩すな!」


 トーマスも敵艦隊の負けじともう一度「取り舵」の指示を出した。


 日米の艦隊が針路を変更している間にも、彼我の距離は着々と縮んでいき、遂に両艦隊の射程圏内まで距離が縮まろうとしていた。


 発砲は日本軍の方が早かった。米海軍の新たな針路変更が完全に完了する前に先手を打ってきたのだ。


「サンディエゴ」と駆逐艦4隻が航行している付近の海面に多数の水柱が立ち上った。一瞬、防御力が無い駆逐艦は瞬時に轟沈し、跡形も無く消えているのではないかという錯覚に捕らわれてしまうような光景だが、幸いな事に敵の第1射でこちらの艦艇が被弾する事は無かった。


 敵が第2射を放った直後に「サンディエゴ」以下5隻の艦艇は順次艦首を振った。


 日本海軍側はこっちの艦隊の変針によって照準を狂わせられたのであろう、全ての敵弾があさっての方向に飛んでいった。


「よし、射撃開始! 各艦手頃な目標に照準を定めよ、本艦照準1番艦!」


 頃合いよし、トーマスが射撃開始の指示を出した。


 一拍置いて「サンディエゴ」の主砲が第1射を放った。この砲撃が「サンディエゴ」生涯最初の砲撃であり、「サンディエゴ」乗員の士気はこの瞬間最高潮に達しようとしていた。


「サンディエゴ」は最新式のSKー2レーダーを装備しているが、さすがに夜間のこの状況で理想的な初弾命中とはならなかった。


「サンディエゴ」以下5隻が放った射弾も日本軍の第1射、第2射同様空しく海面に水柱を噴き上げるのみで終わった。


 日米の両艦隊は第3、4、5射と放ったが、一発の命中弾を得る事も出来ず空振りを繰り返した。


 日米の両艦隊が空振りを繰り返す間にも日本艦隊とラバウルとの距離は縮んでいった。


「しっかり狙え! 敵に魚雷攻撃を許してしまうぞ!」


 中々命中弾が出ないことに対して焦ったトーマスが砲術員を叱咤激励した。


 しかし、そんなトーマスの願いは空しく、命中弾を最初に得たのは日本側だった。


 米艦隊の3番艦の位置につけている駆逐艦「エバール」の第2主砲付近に主砲弾命中の火柱が上がったのだ。


 この一撃で「エバール」の第2主砲は完全破壊されてしまい使い物にならなくなってしまったが、水上艦艇にとって致命的な主砲弾の誘爆は起こらなかった。


「『エバール』に敵弾が命中した模様! 火災発生!」


「エバール」被弾の報告が直ぐさま「サンディエゴ」の艦橋にも上げられた。


「くっ・・・」


 トーマスが唇を噛んだ、アメリカ軍は先手を打たれてしまったのだ。


 しかし、主砲の打ち合いはまだ始まったばかりであり、勝利の女神がどちらに微笑むかはまだ分からなかった。

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