第58話 旧式軽巡の意地⑤
1944年1月上旬
1
「天津風」が敵3番艦を撃沈したのとは対称的に第9戦隊の「大井」「北上」は追い込まれつつあった。
現在「大井」「北上」の2艦に砲門を向けている艦は敵1番艦(サンディエゴ)のみであったが、2対1と考えても日本側の方が砲力的には劣勢だ。
「敵弾が本艦の魚雷発射管に命中しては叶わん、さっさと敵1番艦を黙らせろ!」
「北上」艦長北村龍平中佐は敵艦の砲門が「大井」に向いている内に敵1番艦を黙らせるべく砲術員に発破をかけた。
北村はこの状況下でも「北上」の艦長として冷静さを保つようにしていたが、声が心なしかうわずっていた。
(こんな危険物を満載した艦で砲雷戦をやる日が来るとは思ってもいなかったわ)
北村は心の奥底で今の自分が置かれてしまっている状況を呪った。
「艦長、敵1番艦を黙らせるために本艦と『大井』の主砲火力では明らかに不足していると本官は考えます、ここは本艦自慢の魚雷を使って敵1番艦を黙らせてはどうでしょうか?」
北村の心境を推し量ったのだろう、副長が艦長の北村に対して進言した。
「しかし、本艦と『大井』の魚雷は後の輸送船攻撃のために用いる事が既に決まっている、木村長官からの命令変更の指示が無い限り勝手に本艦の魚雷を私の判断で使う事は出来ない」
副長の進言は木村個人としてはこの上なくありがたいものであったが、現実には「北上」の魚雷を今の時点で敵1番艦に使う事は出来なかった。
「しかし、この砲戦でもしも第9戦隊が壊滅してしまったら元も子も有りません、『大井』の木村長官に今からでも再考を促してみてはどうでしょうか?」
副官は北村に一度自分の考えを否定されたが、それでもなお粘った。
「確かに事前の打ち合わせでは敵艦隊がラバウルに存在している事には触れられており、その上でこの方針が決定された。木村長官には秘策があるはずだ」
「秘策・・・ですか?」
北村の思いもしなかった発言に副長は少し虚を突かれた。
「そのことについて何か艦長は知ってい・・・」
木村長官の「秘策」についての情報を副長が北村から聞こうとしたとき「北上」が大きく揺れた。
「見張り員より艦長、本艦は敵2番艦に狭叉されました」
彼我の主砲の門数の差から考えて当然というべきか「大井」「北上」が敵1番艦に対して直撃弾を得るよりも「大井」「北上」が窮地に追い込まれる方が早かった。
「これより2分に1回の割合で本艦の針路を左右に5度ずつずらしていく、転舵に伴って主砲はほとんど当たらない事が予想されるが砲撃続行!」
北村が危機的な状況に対して迷わず命令を出した。この命令は事前に木村長官から受け取っていたものであり、北村はこのタイミングで実行に移したのだ。
第3者視点から見るとこの「大井」「北上」VS「サンディエゴ」の戦いは後者が圧倒的優位なように感じるが、日本側には木村の奇策があるので、この砲戦の結果がどっちに転ぶかはまだ分からなかった。
2
「『北上』取り舵5度、計画通りの動きです!」
「よし、本艦の速度を4.5ノット増速させよ」
司令長官の木村昌福少将が「大井」の艦橋で新しい命令を出した。
しばらくした後、「大井」が更に増速し始め、28ノットで砲戦を行っていた「北上」以下9隻の味方艦艇を徐々に突き放し始めた。
その姿はあたかも「大井」が全ての味方艦艇を切り離して1艦のみで敵泊地に突っ込もうとしているかのようだった。
「敵1番艦の動き知らせ!」
「敵1番艦、針路・速度変更なし、引き続き『北上』を砲撃中!」
「よし!」
見張り員からの報告を聞いて木村はほくそ笑んだ。
「本艦も2分後に面舵5度、敵1番艦を狩り場に持っていくぞ、『北上』にはそれまで粘るように伝えろ」
木村が命令を発し、命令通り「大井」は2分後に面舵5度の針路を取った。タイミング的に「北上」も同じ方向に転舵するタイミングであり、「大井」にピッタリとついていった。
「『大井』『北上』共に右舷側に向かって発光信号!」
「ああ、そういう事ですか・・・」
木村がこの命令を出した時点で参謀長の大下が木村の意図に気づいた。
木村艦隊の針路の先に岩場があり、木村はそこに向かって「大井」「北上」の存在をアピールしようとしているのだ。
正確には岩場にでは無く、岩場に潜んでいる陸軍潜水艦「闘龍」にだが・・・。
「本艦、後30秒程でポイント『甲』を通過します!」
「『北上』敵の主砲弾1発命中! 魚雷の誘爆らしきものは確認されていません」
(あと少しだ、頑張れ「大井」「北上」!!)
木村が2艦の無事を願い、この瞬間「大井」「北上」に乗艦していた全ての将兵が木村と同じ思いであった。
予め艦の速度を大幅に増速させていた「大井」が一足先にポイント「甲」を通過し、1分半後に「北上」もポイント「甲」を通過した。
「北上」はポイント「甲」を通過した時点で敵1番艦から更に2発の直撃弾を受けてしまっていたが、幸いなことに全ての砲弾が急所から逸れていた。
「ポイント『甲』から魚雷走行音確認、友軍潜水艦が魚雷を発射した模様です!」
敵1番艦に対して6条の雷跡が伸びていった。
日本軍の潜水艦が魚雷を発射したことに気づいたのだろう、敵1番艦が転舵によって魚雷を回避しようとした。
しかし、敵1番艦は直前まで「北上」との砲戦に夢中になってしまっており、他の事に対する注意が散漫なものとなっていた。
時既に遅し。
1分後、敵1番艦の左舷側に2本の水柱が立ち上った。
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