第51話 決戦への助走⑤
1943年12月上旬
1
あと数時間でトラック環礁に到着しようとしていた日本陸海軍の輸送船団は既に米海軍の潜水艦に補足され、追尾されていた。
しかし、この時点で日本の輸送船団護衛部隊はまだ1隻も敵潜水艦が出現したことに気づいていなかった。
「1年前ならこの時点で迷わず魚雷をぶっ放なしたのに、今は隠れるので精一杯だな」
ガトー級潜水艦「アルバコア」艦長のクリス少佐が忌々しそうに呟いた。
クリスの言う通り、日本軍護衛部隊(海上護衛総隊)の対潜技術は1年前の物とは比べものにならないくらい向上しており、米海軍の潜水艦といえど、おいそれと近づくことは出来なかった。
今のところ「アルバコア」が発見された予兆はないが、油断はならなかった。
「付近にはこの潜水艦以外の潜水艦はいないようだし、まずは司令部への報告を優先するか」
歴戦の艦長であるクリスは即座に自分の任務の優先上位を把握した。
「潜望鏡変われ」
クリスは潜望鏡を覗いていた将官に声をかけ、潜望鏡を覗く役割を交代してもらった。
「潜望鏡を上げる」
クリスは艦内に宣言するように言い、潜望鏡を上げた。
潜望鏡が徐々に上昇し、海面が見えてきた。
潜望鏡が海面から出た直後、クリスの視界に日本軍の輸送船団が飛び込んできた。
「輸送船の数は30隻といった所か、トラック環礁の日本軍に対する増援かな?」
クリスは視界に入ってきた情報を素早く精査し、輸送船団がトラック環礁に送られてきた意図を推察した。
クリスが発見した輸送船団は七ノット弱の速度で航行しており、どの輸送船も吃水を深く沈めていた。
「通信兵、打電せよ。 我敵輸送船団発見、隻数約30。目的はトラックへの増援と予想される」
「艦長の指示を打電します。 我敵輸送船団発見、隻数約30。目的はトラッ・・・」
通信兵が復唱をしている最中に「アルバコア」に異変が起こった。
「アルバコア」の周辺で次々に小爆発が起こり、「アルバコア」の小さい艦体が上下左右に揺れた。
「輸送船団護衛の駆逐艦か海防艦の爆雷だな、ここまでこの艦が発見されるタイミングが早いとは思わなかった」
「敵の爆雷を急速潜行で躱しつつ、速度三ノットで現海面から離脱する!」
クリスが大声で叫び、一泊置いて「アルバコア」の船体が急速潜行を開始した。
しかし、日本軍護衛艦の爆雷攻撃に対してのクリスの対応は遅きに失してしまっていたようだ。
「アルバコア」が急速潜行しきる前に「アルバコア」の頭上で爆発が起き、「アルバコア」の船体に大きな亀裂が入り始めた。
「アルバコア」の艦内に凄まじい勢いで海水が流入を開始し、「アルバコア」の艦内を急速に満たし始めた。
クリスがすかさず応急修理の指示を各兵に飛ばしたが急速に拡大している艦内への浸水に対して全くの無力であった。
海水の流入が一段と激しくなり、クリスが目を見開いた瞬間、「アルバコア」の船体が衝撃に耐えかね真っ二つになり、アルバコアは沈没を開始した。
大量の海水に飲まれ薄れゆく意識の中でクリスはただ「敵輸送船団発見」の報告が司令部に届いているかどうかが気がかりであった・・・
2
「敵潜水艦1隻撃沈!」
海防艦「択捉」の艦上に歓声が響いた。
「択捉」は昨年から戦列に加わり始めた「鯱」型海防艦の2番艦であり、これまで多数の輸送作戦に従事していた。
「択捉」艦長渡辺海斗少佐は今回の作戦が「択捉」艦長としての初陣だったが、早速敵潜水艦1隻撃沈の戦果を上げることに成功したのだ。
「本艦が早速戦果を上げる事に成功したことは大変喜ばしい事であるが、肝心の輸送船団の欺瞞は成功したのだろうか?」
渡辺は副長に疑問を投げかけた。
「敵潜水艦から電波が発信されたことは確認されているのですが、どのような事を敵潜水艦が発信したかまでは分かりません。私たちは敵潜水艦が欺瞞に引っかかっていることを祈るしかありません」
「本艦がもっと早く敵潜水艦を発見する事に成功していたとしたら、敵潜水艦が電波を発信させる前に撃沈できたかもしれなかったな」
新人艦長である渡辺はまだ自信が無いのか、幾分か自虐的になったが副長がすかさずフォローを入れた。
「艦長は的確な指示を出して敵潜水艦を撃沈する事に成功しました、あの状況であれ
以上の動きを望む事は出来ませんよ」
「新米艦長を励ましてくれて感謝します」
渡辺が副長の心遣いに対して礼を言った。
渡辺と副長がこのような会話を交わしていると、艦橋内に通信兵が入ってきた。
「艦長報告します。 輸送船団があと30分~1時間でトラック環礁に入港するので対潜警戒を引き続き厳かにせよとの旗艦からの指示です」
「分かった」
渡辺が通信兵からの報告を聞いた。
「艦長より全艦へ、引き続き本艦は護衛任務を継続する」
このような指示を出すのも渡辺はまだ慣れていないのか、何処か少しぎこちなかった。
「択捉」を始めとする海上護衛総隊の海防艦・駆逐艦は引き続き対潜警戒を続け、その甲斐あって全ての輸送船をトラック環礁の港内まで無事に送り届けることに成功した。
トラック環礁撤退作戦が始まったのだ。
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