第50話 決戦への助走④

1943年11月上旬


 トラック沖海戦が終結してから4ヶ月、大本営によってトラック撤退案が正式に了承されてから2ヶ月が経過した。


 未だにトラック環礁上空では連日トラック環礁に展開している第11航空艦隊、第8飛行師団とラバウルに展開する米海軍海兵隊の死闘が行われており、両軍の損害は少しずつではあるが確実に増えていった。


 7月のトラック沖海戦で既に全保有機の7割弱を喪失してしまった第11航空艦隊、第8飛行士団は少ない戦力で奮戦したが、稼働機は急速に減少していき、現在の稼働機は両部隊を合計しても250機を大きく割り込んでいた。


 11月に入ってからも多数の重爆部隊がトラック環礁の上空に殺到し、トラック環礁の各飛行場を小刻みに破壊していった。


 そこに大本営からトラック撤退の方針が両部隊に対して伝えられたのだ。


 第11航空艦隊の司令部ではトラック撤退に関する詳細を詰めるために全将官が集結していた。


「大本営がトラック放棄の方針を決定したのは本当の事なのですか?」


 11航艦参謀長の酒巻宗孝少将が信じられないという思いで第11航艦司令長官の草鹿仁一中将に聞いた。


「私もこの事を最初に聞いたときは半信半疑の状態だったが、実際に軍令部の会議(実質的な戦争方針を決める会議)に参加した第8飛行師団の加藤中将から同じ話を聞かされた」


「半年以上この地で奮戦してきた私たちにとって極めて残念ではあるがこの方針は確定事項だ」


 司令部に集められていた参謀の内、何人かが沈痛な顔になった。長い間トラック環礁で頑張ってきた彼らにとってこの方針は耐えがたい物なのかもしれない。


「しかし、米軍機の空襲が苛烈化している今のタイミングでどのように撤退作戦をおこなうのですか? 我が軍がこの地を捨てる事をアメリカ軍に悟られたら、アメリカ軍がここぞとばかりに攻勢をかけてきて戦線が崩壊してしまう可能性があります」


 参謀の一人がトラック撤退する際の最も重要な問題点を指摘した。


「ただ撤退するのでは無く、ラバウルの米軍を一時的にでも無力化するか、撤退する事を隠しきって撤退するかのどちらかをやるしかありませんな」


 酒巻が覚悟を決めた。11航艦の参謀長としてその2つの選択肢のどちらをとるにしても極めて困難な道のりになるという事を一番理解しているのだろう。


 撤退は進軍よりも難しいのだ。


「理想はラバウルの米軍部隊を一時的に無効化して、11航艦と第8飛行師団が安全に撤退できるようにお膳立てすることですが、両部隊の現状を鑑みると、ラバウルの敵部隊を無力化することは極めて困難だと言わざるを得ません」


 参謀の一人が酒巻と同じ事を感じたのだろう、悲観的な見通しを述べた。


 この時点でトラック環礁内に存在している一式陸攻の総数は30機程度の物であり、この寡兵でラバウルの米軍基地の攻撃に向かったとしても返り討ちになるのがオチだ。


「現在、内地で戦力回復に勤しんでいる第二艦隊及び第3艦隊の助力を借りることは出来ないのですか?」


 酒巻が草鹿に確認した。もし、内地にいる部隊の協力を得ることが出来るのならばこの撤退作戦の成功率がかなり変わってくると酒巻は考えたのだろう。


「実は内地からその事についての連絡が既にきているのだ。この撤退作戦の補助に軽巡2隻、駆逐艦8隻の部隊をつけてくれるそうだが、これ以上の戦力を今出す事はできないと言われた」


 草鹿が酒巻の質問に答えた瞬間、司令部内に微妙な空気が流れた。ほぼ全員がGFからの援軍が余りに少ないと感じてしまったのだろう。


「自前の戦力では撤退することは出来ず、GFからの援軍も僅かとなれば、撤退の優先順位を明確に定めて順次撤退していくしかりませんな。それもラバウルの米軍にばれないように」


「まず、マリアナ諸島から送られてくるであろう第1陣の輸送船団に陸海軍の地上部隊を収容しましょう。その時にはトラック環礁の各飛行場から上空援護が可能です」


「しかし、マリアナ諸島からここまで来る輸送船団が敵の潜水艦に発見された場合、敵にトラック環礁から我が軍が撤退するということを感づかれるのではないですか?」


「それ位の事はGF司令部の方でもしっかりと考えているだろう。私たちは違う事に注意を払うべきだ」


・・・


 第11航艦の司令部では所々で大いにモメながらもトラック環礁撤退に関する作戦が徐々に詰められていった。


 第11航艦の中で案が纏まった後は、陸軍の第8飛行師団の将官も交えて更に作戦を詰めていった。


 最初の陸海軍の撤退の日時は12月1日に決定し、それに向けて各部隊か準備を開始した。


 基地航空隊は米軍の偵察機や重爆部隊に感づかれないように徐々に基地の設備の撤去を開始し、地上部隊も撤退を円滑に行うために装備を纏め始めた。


 各部隊が日本軍がこの島から撤退する事をアメリカ軍に悟らせないように細心の注意を払った事が功を奏し、12月に入るまで米軍にこの事が悟られることは無かった。


 そして、12月1日、マリアナ諸島からトラック環礁に向けて撤退作戦を行うために用意された輸送船団が、トラック環礁北50海里の海域まで来ていた。









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