第52話 決戦への助走⑥
1943年12月上旬
12月2日、トラック環礁から陸海軍の地上部隊が撤退した次の日にラバウルの米海軍海兵隊所属の重爆部隊による空襲が敢行された。
来襲したB17、B24の数は2機種合わせて120機程度であり、空襲の規模はいつもの空襲と変わらなかった。
しかし、日本軍の方はいつもと事情が少し異なっていた。
トラック環礁から近々日本軍が撤退する事を敵に悟らせないように気を付けながら、敵重爆と戦わなければならないのだ。
いつも、海軍の迎撃部隊は1回の空襲に対して5個航空戦隊の内2個航空戦隊しか出撃していなかったが、今回の迎撃戦では、5個航空戦隊の零戦が全て迎撃戦に参加するために出撃した。
更に、これらの零戦はいつもだったらトラック環礁30~50海里の位置から迎撃戦を開始するが、今回はトラック環礁から60~80海里の位置から迎撃戦を行う事が決められていた。
無論、トラック環礁に米軍機が突入する前に1機でも多くの敵機を叩き落とすために取られた処置だ。
今回の迎撃戦の先鋒を務める第22航空戦隊(トラック環礁から約80海里の空域に展開)と敵重爆部隊が接敵を開始するまであと僅かだった。
「敵重爆部隊接近、機数約120、22航戦は一番左の梯団を狙う」
第22航空戦隊指揮官の東海林実少佐が零戦の機上レシーバーを通して膝下26機の零戦隊に指示を出した。
この戦隊はトラック環礁に進出したときから東海林が指揮しており、最初の時点で稼働機60機を数えていたが、トラック環礁を巡る攻防戦が開始してから1年以上が経過した今の時点で稼働機は約4割まで打ち減らされていた。
しかしそれでも、東海林を始めとする22航戦の搭乗員の士気は全く衰えておらず、士気はずっと高い状態を保っていた。
東海林が零戦のエンジンをフル・スロットルまで開き、東海林機が敵重爆に向けて急加速しながら突撃していった。
東海林機と敵重爆部隊との距離が200メートルを切った時点で敵重爆からの激しい迎撃射撃にさらされるが、東海林機は敵弾を払いのけるように突進していった。
東海林機が機銃を発射し、大量の20ミリ弾、7.7ミリ弾が殺到し、22航戦の列機も東海林機の後に続いた。
22航戦全機が狙った敵重爆の梯団を通り過ぎ、乱戦に持ち込むために散開したとき、22航戦が襲った敵重爆の梯団から2機が黒煙を噴いて墜落しつつあり、他にも4機の重爆が火を噴いて大きくよろめいていた。
「さあ、いこうか!」
東海林は気合いを入れ直して指揮小隊の列機を従えて再び敵重爆に襲いかかった。
東海林は今度は健全な機体ではなく、先程襲いかかった時に被弾損傷して大幅に高度を落としながら進撃している敵重爆に狙いを定めた。
東海林が零戦の操縦桿を思いっきり前に倒し、零戦が急降下を開始した。
零戦の速度を示す機器の針が凄まじい勢いで回転し、東海林機は零戦の最高速度を瞬く間に突破し時速600キロに到達しようとしていた。
損傷して火を噴いていた敵重爆は零戦4機から襲われようとしていることに気づいたのだろう、機銃弾をぶっ放して弾幕を張ろうとした。
しかし、その重爆は既に被弾損傷していたため機銃の狙いが全くといってもいいほど定まっておらず、近くの他の重爆も存在していなかったため、零戦に対して有効な弾幕を張ることは出来なかった。
その事を幸いとばかりに東海林が射弾を放ち、列機も1泊遅れて機銃を発射した。
多数の機銃弾を機体に打ち込まれてしまった敵重爆は力尽きたように墜落していった。
狙った敵重爆の撃墜を確認した直後、東海林機は列機を従えて失った高度を取り戻すために上昇を開始した。
急降下したときとは一転して、零戦は急坂を上るような速度で上昇していった。
「敵重爆の編隊が離れてしまう、早く上昇しろ!」
零戦の中高度での上昇速度が非常に遅いことは何も今に始まった事ではないが、今回の迎撃任務の特異性も相まって東海林は機内で思わず毒づいていた。
東海林機が敵重爆部隊と同じ高度を確保することに成功したときには、他の航空戦隊も迎撃戦を開始した。
他の航空戦隊も22航戦と同様に1年以上に及ぶトラック環礁を巡る戦いで大幅に装備機を打ち減らしていたが、それでも100機以上の零戦が敵重爆の編隊に四方八方から襲いかかった。
不意に敵重爆の編隊が乱れた。敵重爆の搭乗員も一度にこれだけの数の零戦に襲われることになるとは露ほども思っていなかったのだろう。
多数の零戦が2種類の機銃弾をぶちまけながら、敵重爆の大編隊に突っ込んでいった。
敵重爆も反撃の射弾を放ち、5機以上の零戦がその網に絡め取られてしまったが、他の零戦は多少の被弾を許しながらも敵重爆への攻撃に成功した。
東海林機から確認できただけでも10機以上のB17、B24が墜落し、同数以上の重爆が高度を大きく落としていた。
その後、4個戦隊の零戦は各々散開して敵重爆に突っ込んでいた。
凄まじい大乱戦となり、被弾し致命傷を負った零戦、B17、B24が次々に落ちていった。
トラック環礁から見て南の海面は墜落した機体から漏れ出したガソリンによって塗り潰されたようになっており、迎撃戦の凄まじさを物語るような光景だった。
しかし、それでも敵重爆がトラック環礁への空襲を諦めるような素振りを見せることは全くなく、トラック環礁に向かって進撃を続けていた。
零戦隊と敵重爆部隊との戦いはさらに混沌を極めていった。
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