第47話 決戦への助走①
1943年9月中旬
「やはりこの敵輸送船団攻撃はやるべきでは無かった・・・」
空母「イントレピッド」の艦橋から帰還してきた攻撃隊をじっと見つめながら、第22任務部隊(TF22)司令長官のパウエル中将が嘆息混じりに呟いた。
本来、艦隊の司令長官たるパウエルがそのようなことを言うべきではないが、この時「イントレピッド」の艦橋にはパウエル以外の人間がいなかったため、思わず心の声が出てしまったのだ。(そもそもパウエルは今回の出撃に関して否定的であり、出撃前に太平洋艦隊司令長官のニミッツと口論していた)
「こんな輸送船団攻撃など行わなくてもアメリカが日本に負けることなどないだろうに」
パウエルに限らず、日米の国力の差を正確に把握しているまともな人間には容易に想像がつくことだが、トラック沖海戦でアメリカ軍が日本軍に対して戦術的・戦略的敗北を喫してしまったことに対する海軍上層部及びアメリカ国民の動揺は尋常では無く、その結果として今回のような意味が無く、分の悪い戦いをやる羽目になってしまった。
「艦橋から見ている限りでも、艦上機隊も大損害を受けていることが分かる。その再建も容易では無いだろうな」
パウエルがこのようなマイナス思考に陥っている間にも艦上機が次々に帰還してきていたが、その数は出撃時の6割を切るくらいまで激減していた。
辛うじて帰還してきた機体でも機体が大きく引き裂かれていたり、補助翼が吹き飛んでいたり、燃料タンクから燃料が漏れている機体が目立っており、艦上機隊が大損害を受けてしまった事が分かる。
時刻はまもなく午後6時を回ろうとしており、艦橋内も暗闇で包まれようとしていた。
パウエルは艦隊司令長官であり、艦隊全体にこれからの指示を出す立場のため参謀長を呼んだ。
パウエルが艦隊無線で参謀長を呼びつけた5分後に参謀長が艦橋内にやってきた。
「TF22は艦載機の収容が完了次第この海域から離脱する」
参謀長を呼びつけて、開口一番パウエルが宣言するように言った。
「私もちょうど長官にその事を進言しようと思っていたので丁度良かったです。艦上機の帰還状況を見て私もここら辺が潮時だと考えていましたので。」
パウエルの早めの撤退宣言に対する参謀長の返しにパウエルは心の中で幾分か拍子抜けした。
「参謀長も撤退に賛成かね?」
「はい。私はもともと今回の作戦が無意味なものだと思っていたので」
パウエルの問いに対して参謀長が即答した。
「私の他にこの作戦に消極的な将官がいるとは思わなかったな。上の都合で現場がいちいち振り回されていたらたまらんわ」
パウエルが参謀長に対して本音をぶちまけた。
「私も今回の作戦には心の中で反対していましたが、まさか長官も反対側だったとは思いませんでした」
パウエルの発言に対して参謀長が意外そうに言った。
「艦上機隊の収容が完了するまでまだ時間があるようだから、そこの椅子に座ってはなそうか」
パウエルが誘い、参謀長が同意した。
「長官はこれからの対日戦略に関してどのように考えていますか」
2人が椅子に座るやいなや参謀長がパウエルに対して質問をぶつけた。
「参謀長も知っての通り、トラック沖海戦で敗北した我が海軍は目下戦力の再建中だ。その戦力回復が完了する来年の中頃まで海軍は大きいアクションは出来まい」
「しかし、海軍が主力艦隊を動かすことが出来ないとしても海軍に出来ることは十分に残されている」
パウエルはここで言葉を区切り、参謀長の反応を見た。
参謀長がどのような意見を持っているかを確かめたかったからだ。
「一つは潜水艦部隊による通商破壊作戦で、もう一つはトラック~ラバウル間の航空戦ですな」
参謀長がパウエルの真意をくみ取り、即座に答えた。
「貴官の言う通りだ」
パウエルが参謀長の意見に同意した。パウエルと参謀長の見通しは完全なる一致を見ていたようだ。
「貴官は次はどの場所・海域が日米激突の舞台になると予想しているかね?」
今度はパウエルが参謀長に対して質問をぶつけた。
参謀長は少し考えてから答えた。
「現在の日米間の状況を整理してみますと、トラック沖海戦の結果トラック環礁が日本側の勢力圏に留まり、一見すると今度の戦いもトラック環礁で行われるように感じますが、本官の意見は異なります」
パウエルが無言で頷き、黙って先を促した。
「次の日米激突の舞台を特定するに当たって、日本軍の立場で考えてみると、出来れば日本本土から離れているトラック環礁を次の戦いの舞台にしたいと考えているでしょうが、実際には無理でしょう」
「何故なら、トラック沖海戦で日本軍はトラック環礁の防衛こそ成功しましたが、日本軍もまた大量の返り血を浴びてしまったからです」
「ラバウルに展開している海兵隊の偵察機からの報告によると、トラック沖海戦以降トラック環礁に展開している日本軍基地航空隊の活動は極めて低調なものとなっているそうです」
「つまり貴官はトラック環礁に展開している日本陸海軍基地航空隊が損害に耐えかねて撤退していくと考えているのだな」
「では、日本軍がトラックから撤退したとして、その軍は何処に再配置されると考えているかね?」
「太平洋には多数の島・環礁が存在しているため、正確に特定するという事は難しいですが、その中にも重要拠点というものが存在するので、ある程度絞り込む事は可能です」
「どこかね?」
(第48話に続く)
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