第48話 決戦への助走②

(第47話の2人の会話の続き)


「私は日本軍の基地航空隊がフィリピンかマリアナ諸島に再配置されると確信しています」


「今、貴官が上げた2つの拠点以外にも日本軍は重要な拠点を多数保持している。その事実にも関わらずフィリピンとマリアナ諸島に候補を絞った理由を聞こうか」


 参謀長の意見の意見を聞いたパウエルが理由を求めた。


「まず、フィリピンに関してですが、日本にとってフィリピンの失陥=南方航路の途絶となり、フィリピンが失陥した場合そのまま戦争を落とすという事になるため日本軍が何としても死守しなければならない拠点だからです」


「次にマリアナ諸島ですが、こちらは我が軍が占領した場合、日本本土爆撃の拠点になるためこちらも日本軍が死守しなくてはならない拠点だと本官は考えています」


「参謀長はその2候補の内、どちらの方が可能性が高いと踏んでいるかね?」


「本官は日本軍の基地航空隊の戦力移転先はマリアナ諸島が最有力だと考えています」


「マリアナか・・・奇しくも我が海軍の次の最有力攻撃目標と重なっているな」


 パウエルは出撃前に太平洋艦隊司令部に呼び出された際に太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツ大将から「次の我が軍の攻撃目標はマリアナ諸島になる可能性が濃厚」という話を聞いていたのだ。


「だが、参謀長の意見も分かるが、日本軍のこれまでの傾向から考えてトラック環礁からマリアナ諸島に戦力を引き上げる可能性よりもマリアナ諸島からトラック環礁に追加の戦力を逐次派遣していく可能性のほうが高いのではないかね?」


 参謀長とは違ってパウエルはトラック環礁に展開している日本軍部隊が撤退していくとは思っていないようだった。


「長官の言うとおりトラック環礁から日本軍の部隊が撤退しなかった場合、我が軍に各個撃破の機会を与えるだけなので、日本軍もそのような事は起こらないようにしたいはずです」


「長官、参謀長。 4空母の全艦載機の収容完了しました」


 パウエルと参謀長が意見を交わしていると、艦載機の収容完了を報告しにきた参謀が艦橋内に敬礼をしてから入ってきた。


「報告ご苦労、参謀長は艦隊無線で参謀達を艦橋に集めてくれ。 今後の艦隊の方針を決定する」


 パウエルと参謀長の意見交換はそこで半ば強制的に打ち切られ、TF22は帰路につくための準備を開始した。



 パウエル率いるTF22がハワイ・オアフ島に向けて帰路につこうとしていた頃、数千キロ離れた東京・霞ヶ関の軍令部の第1会議室では重大な決定の裁可がおりようとしていた。


 現在、軍令部の第1会議室には100人以上の軍令部員・将官が詰めており、行われた会議は凄まじい熱を帯びていた。


 この会議は今後の戦略的な指針を決定する大事な会議のため、「陸海軍協調」路線の第1人者の軍令部次長井上成美中将の計らいによって海軍の将官だけでは無く、陸軍の将官も多数が参加していた。


 この会議は今日で怒濤の3日目に突入しており、3日目の夕方の現在になってやっと結論が纏まろうとしていた。


 これだけの数の軍令部員・将官が集められて会議にかけられた主な議題は


「次の米軍の来襲を迎え撃つ場所を何処にするか」


「次期作戦に向けて陸海協調の流れを強固な物にする」


 以上の2つである。


 3日前から開始した会議は1つめの議題に関して関係各所から様々な意見が出され、会議は大いに紛糾した。


 その様子を下記に記す。


~3日前~


「連合艦隊司令部は何を考えているのですか? 折角、我が陸海軍が共同戦線を張り、2ヶ月前のトラック沖海戦で米海軍を見事に撃退したというのに、そのトラック環礁を放棄するとは!」


「いつも後方に陣取っているGF司令部には前線の事などなにも分かっていないのではないですか!?」


 特例で今回の会議に参加している陸軍参謀本部参謀の辻政信大佐が会議室の窓を己の怒声でぶち破らんばかりの勢いで叫んだ。


「少し落ち着いてください。辻大佐。このトラック撤退案は連合艦隊司令部が独自で考えた案では無く、ちゃんと前線部隊の第2・3艦隊やトラック環礁に展開している基地航空隊の将官の意見も取り入れた上で練られた案です」


 吼える辻に対して、第3艦隊参謀長の草鹿龍之介少将が辻の疑問に冷静に返答した。


 草鹿に大人数の前で「静かにしてください」などと言われてしまった辻は顔を赤らめたが、議論から手を引くことは無かった。


「前線部隊の意見が取り入れられているのなら尚更です。陸海軍が7月の戦いで大勝したのをお忘れになったのですか」


 辻は草鹿の言葉によって幾分か冷静さは取り戻したようだったが、この案に反対であることには変わりないらしい。


 辻の反論に対して静かに手を挙げた将官がいた。連合艦隊司令部参謀の上杉隆太大佐だ。


 会議の司会役の軍令部の少将に発言を許可された上杉が喋り始めた。


「辻大佐はこのトラック撤退案の善し悪しを検討する事以前に、現状把握がそもそも正しく出来ていないと本官は考えます」


 上杉の皮肉ともとれる指摘に辻が即座に言い返した。


「上杉大佐こそ現状把握が出来ていないのでは無いですか? 我が軍が去る7月の戦いに確かに大勝しました。その事はトラック環礁で戦った各部隊の報告に目を通せば容易に確認出来ることです!」


「その『大勝』という現状把握はあくまでも我が軍(日本軍)から見た一方的な解釈に過ぎないという事を本官は言いたいのです」


 上杉の発言に辻は一瞬虚を突かれたような顔をした。


 その隙を逃す上杉ではない。辻に対して一気に畳みかけていった。










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