第22話 トラック航空邀撃戦⑥

1943年6月18日 午後1時


 トラック環礁の現地時間午前12時を回った時点で日米両軍の損害は以下の通りだった。


日本側被害

第3艦隊 

沈没 なし

大破 空母「龍鳳」爆弾1発、魚雷1本命中

中破 空母「翔鶴」爆弾3発命中

小破 空母「飛鷹」爆弾1発命中・戦艦「比叡」爆弾1発命中

喪失航空機110機

※TF51は空襲を受ける前に第1次攻撃隊を放っており、上記の被害はその攻撃隊 が与えた損害


第11航空艦隊・第8飛行師団

飛行場2カ所大破使用不能

喪失航空機170機


米国側被害

TF51・52

沈没 空母「サラトガ」「プリンストン」

大破 空母「ホーネット」爆弾2発、魚雷2本命中

中破 なし


 そして、現地時間の午後1時過ぎ、この日2回目となる日本海軍第3艦隊に対する空襲が始まろうとしていた。


 10分前に「翔鶴」「比叡」に取り付けられた最新型の電探が接近してくる敵の大編隊を捉えたのだった。


 直衛専任空母の「龍驤」「瑞鳳」から迎撃用の零戦が次々と発艦し、上昇して防空網を形成する。


 迎撃に上がった零戦の数は51機。前回の迎撃戦に参加した数の約半数だ。第1次空襲の際にかなりの零戦が失われてしまった上に、直衛専任空母の「龍鳳」が大破してしまったため迎撃機の数が揃わなかったのだ。


 それに対し、アメリカ軍の第2次攻撃隊の総数は優に100機を超えていた。第2次空襲が第1次空襲よりも苦しい戦いになることは必至だった。


「この空襲は厳しいものになりそうだな」と第3艦隊司令長官の山口多聞中将が参謀長の草鹿龍之介少将に話かけた。


「我が方の第2次攻撃隊は既に発艦しており第3次攻撃隊を発進させる予定はないので空母の飛行甲板の損傷までは許容範囲です」

「今は、司令部としては第3艦隊の各将兵の奮戦に期待するしかありません」

草鹿が山口に言った。


「こう言っては失礼かもしれないが、参謀長は肝が据わっているのだな」と山口が驚いた様子になった。


 山口はこれまで「空母の飛行甲板の損傷は許容範囲」という海軍士官に会った事が無かったため、このような発言をした草鹿が以外だと思ったのだ。


(確かに参謀長の言うとおり飛行甲板が損傷したとしても空母の機関が無事なら内地に帰って修理することができるからな)と山口は草鹿の発言の意図を冷静に分析した。


「零戦隊、敵機と交戦はじめます!」という露天見張所の見張り員の報告で山口の意識は空襲の事に引き戻された。


 約50機の零戦がフル・スロットルの爆音を大空に轟かせながら敵の大編隊に突っ込んでいく。


 敵編隊の動きにも変化が生じた。敵戦闘機が前に出て爆撃機・雷撃機を守ろうとする陣形に変わった。


 双方の戦闘機隊が広範囲で空戦を始め、早くも被弾した機体が海面に向かって墜落していった。


 零戦隊の一部がF6F・F4Fの妨害を掻い潜りドーントレス・アベンジャーに殺到する。


 零戦に狙われた敵機が慌てたように機銃を放つが、その火箭に絡め取られる零戦は皆無だ。


 敵機の射弾を躱した零戦が、お返しとばかりに20ミリ弾・7.7ミリ弾を発射する。


 20ミリ弾が主翼に命中したドーントレスは主翼が折れ不規則に回りながら落ちていき、7.7ミリ弾を風防に喰らったアベンジャーは火を噴くこと無く墜落していく。


 しかし、敵艦爆・敵艦攻を攻撃することが出来た零戦はほんの一部であり、大多数の敵機は編隊を崩すことなく第3艦隊に近づいてきていた。


 ドーントレス・アベンジャーが輪形陣の中に進入してきた。


 最初に対空射撃を始めたのは第11戦隊の「比叡」「霧島」だった。2艦の艦上では主砲の発射ブザーが鳴り響いた。


 次の瞬間、2艦合計16門の36センチ砲が一斉に火を噴いた。


 放たれた16発の巨弾の内1発が有効弾となり、敵4機が消し飛び、3機が火を噴いて高度を落とした。


 「比叡」「霧島」が放った三式弾は、緊密に組まれていた敵編隊形を大きく崩したのだ。


 2艦の主砲発射を合図としたかのように第3艦隊の他の艦艇も対空射撃を始めた。


 第7戦隊の「熊野」「鈴谷」「最上」が射撃を始め、第10戦隊の新型軽巡「阿賀野」「能代」も対空射撃を開始した。


 「阿賀野」の右舷側を通過しようとしたドーントレス3機が立て続けに落ちていった。


「さすがは新鋭艦!!」という幕僚の叫びが山口の耳に入ってきた。


 この時、同型艦の「能代」や4隻の秋月型が大いに奮戦し敵10機以上の撃墜に成功していたが、他の敵機は対空砲火に臆すること無く突っ込んできた。


 不意に「翔鶴」の巨体が左に動いた。


 空母「翔鶴」艦長、城島高次大佐は対空砲火だけでは敵機を阻止できぬと考え転舵をしていたのだ。先の空襲で爆弾を3発喰らった「翔鶴」だが機関は生きており最大船速の34ノットで回避運動を始めた。


 ドーントレス5機・アベンジャー6機が「翔鶴」を狙って攻撃を仕掛けてきたものの早めの転舵が功を奏し、今度は被弾・被雷は1発も無かった。


 「翔鶴」の被害が無かった事に対して第3艦隊の幕僚が安堵したのもつかの間、見張り員から悲鳴のような報告が上がった。


「『龍鳳』大火災! 被弾・被雷多数の模様!!」

「『瑞鶴』『隼鷹』燃えてます!」

「『鈴谷』に魚雷命中! 2本は当たっています!!」


「くっ・・・」山口が唇を噛みしめて悔しさを露わにした。第3艦隊はここに来てかなりの数の空母を戦列から失ってしまったのだ。


 しかも、山口を始めとする第3艦隊はまだ探知出来ていなかったが、米機動部隊から放たれた第3波攻撃隊が刻々と迫っていた。


 第3艦隊の試練はまだ終わらなかった。

























     

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る