第9話 第3艦隊初陣③

1942年10月下旬 昼頃


 護衛空母「スワニー」の51口径5インチ単装砲の砲手を担当しているブラウン・ノア少尉は今の現実に対して愕然としていた。


 絶対に日本海軍の攻撃を受けないだろうと思われていたこの艦隊が攻撃を受けようとしているからだ。


 30分ほど前にTF12旗艦、空母「ワスプ」のレーダーが日本海軍機動部隊から発進した航空機の大群を捉えたのだ。


 即座に空母「ワスプ」と4隻のサンガモン級航空母艦から合計88機のF4F「ワイルドキャット」が迎撃に向かった。


 しかし、日本軍機の数が迎撃隊の2倍弱に達することと、不意を突かれて迎撃を効率的に行うことが出来なかったなど悪条件が重なり、日本軍機の完全阻止にはほど遠かったのだ。

 日本軍機の大多数は編隊を崩すこと無く近づいてきており、ノアの肉眼でも確認できる位置まで来ていた。


「敵編隊はジーク、ヴァル、ケイトの混成編隊、高角砲群は上空を、機銃群は海面を注視せよ!」という砲術長からの怒声混じりの命令がノアの耳に飛び込んできた。

「砲を上空のヴァルがいる位置に旋回せよ!」とノアが旋回手のデイビス・ジョン兵曹に命じた。


 その時、ノアの耳に砲撃音が響いた。


「スワニー」の高角砲と機銃群が撃ち始めるより早く、「スワニー」の右舷側に展開していた第55駆逐隊が砲門を開いたのだ。


 少し間を置いて、遙かな高みにいるヴァルの編隊に次々に高角砲弾、機銃弾が炸裂し始め、ヴァルが1機、また1機と被弾損傷して落ちていった。


 アメリカ海軍の艦艇が標準装備している5インチ高角砲の40ミリ機銃は共に破壊力が凄まじいため、被弾したヴァルは主翼も、胴体もほとんど原形を留めずにジュラルミンの破片となり海面に散っていく。

 だが、ヴァルの完全阻止には及ばず、ヴァルの編隊は徐々に「スワニー」に近づいてきていた。


「砲撃開始!!」という砲術長の号令と共に、「スワニー」が装備している51口径5インチ単装砲、40mmボフォース4連装機関砲、同連装機関砲、エリコン20mm機銃が一斉に射撃を始めた。


 即座に1機のヴァルが火だるまになって墜落していき、その後ろにいたヴァルは高角砲弾の直撃を喰らい、凄まじい光と共に爆発四散した。


 ヴァル1機が墜落する度に「スワニー」や他の4空母の艦上、その付近に展開している戦艦、巡洋艦の艦上で凄まじい歓声が上がるが、ノアを始めとした高角砲員にはそのような余裕はない。


 既に多数のヴァルを落としたのにも関わらず、なお10機近くのヴァルが猛々しいエンジン音を轟かせながら迫ってきているのだ。

 味方機の墜落にたじろく気配は全く見せず、「スワニー」との距離を縮めてくる。


 不意に「スワニー」の巨体が左に大きく動き始めた。


 ミラー・トーマス空母「スワニー」艦長が「取り舵いっぱい」を命じたのだろう。


 ヴァルが急降下を始め、1機目、2機目が「スワニー」に急降下爆撃を仕掛け、後続の機体も次々に急降下態勢に入った。


 1発目、2発目は外れて、「スワニー」の左右両舷の海面に盛大な水柱を作っただけに終わったが、3発目が命中した。

 その後、4,5発目は外れたものの、6、7発目が「スワニー」に直撃して「スワニー」に損害を与えた。


 立て続けに凄まじい衝撃が「スワニー」の艦全体を貫き、ノアは顔を上げることが出来なかった。


 あまりの衝撃に艦がバラバラになってしまうのではないか、と思わんばかりの衝撃だった。


 ノアが顔を上げたとき、爆音は急速に遠ざかりつつあった。

 ヴァルとケイトが投弾、投雷を終えて引き上げつつあるのだ。


「見ろ!『サンガモン』『シェナンゴ』もやられてるぞ!!」

「『ワスプ』も被弾しているぞ!」

という悲報が立て続けにノアの耳に飛び込んできた。


「ワスプ」の被害は「スワニー」と同等以下の損害のようだが、「サンガモン」「シェナンゴ」の被害は飛行甲板ではなく、艦体下部に集中しており、被害甚大のようだ。

 後者の2隻は爆撃ではなく、雷撃を喰らったのかもしれない。


「本艦は大丈夫か?」というノアの疑問に対してジョンが答えた。

「直撃した爆弾が飛行甲板を貫いていなければ大丈夫でしょう。沈没の心配はありません。」


 ヴァルが投弾した爆弾は500ポンドクラスの爆弾であり、米軍の1000ポンドクラスのそれに比べて威力が小さい。

 そのため、幸いにも「スワニー」は持ちこたえることが出来たのだ。


 もちろん、飛行甲板はめちゃくちゃに破壊されており、短期間の修復は不可能だろうが、ハワイや本国に持ち帰ることができたら修理して再び戦線に舞い戻ることができる。とノアは考えた。


 しかし、遅れてやってきた日本海軍機動部隊の第2次攻撃隊がノアの甘い希望を木っ端微塵に打ち砕いたのだった。


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