第2話 陸軍への贈り物

 1942年6月12日、軍令部次長井上成美は陸軍参謀本部にいた。そして、井上の話を熱心に聞いている3人の男がいた。


 陸軍参謀次長の田辺盛武中将、陸軍参謀本部第3課課長の鈴木竜一大佐、軍需省次官佐野義澄の3人である。


「・・・以上で軍令部・海軍からの提案の説明を終わらせて頂きます」


 井上が説明を終えた。


「なぜ海軍さんは今の時期にこのような提案をしようと思ったのですか?」


 田辺が井上に対して率直な感想を漏らした。


井上(軍令部)から陸軍に対する提案は以下の6項目だ。

①今後、海軍、陸軍の物資、兵員輸送は海軍が責任を持って一元管理する。

②これらの輸送任務は、『海上護衛総隊』が行う。

③陸軍が開発している物資輸送用の新型潜水艦の開発に対して海軍側が技術提供をする。

④陸海軍が現在実戦で使用している戦闘機、対艦・対地攻撃機の機種統一。

⑤陸海軍基地航空隊の連携強化。

⑥陸海軍の資源配分の是正。


「ミッドウェー海戦の結果が不首尾な物に終わり、軍令部と海軍は米英との長期戦が避けられない情勢だと判断したからです。」と井上が言った。


「海軍さんはこれらの提案を行うことによって、我々陸軍の心証を良くして、戦争遂行をより円滑なものにしようとしているのですな?」と田辺が井上に一歩踏み込んだ質問をした。


「端的に言うとそういうことです。」と井上が素直に認めた。


「しかし、井上中将が示した6項目からなる提案はどれも魅力的な提案ですね」と鈴木が言った。


「特に①と③の提案は陸軍の現状を鑑みるにとてもありがたい提案です」と鈴木が続けて言った。


「ガダルカナル島や西部ニューギニアへの物資・兵員輸送の結果が芳しくないからな」と田辺が言った。


 この時期の陸軍は多数の問題を抱えていたが、その主たるものに輸送問題があった。


 実際に1942年4月に行われた西部ニューギニアへの物資・兵員輸送船団はトラック環礁を出発してから、西部ニューギニアに到着するまでに、米海兵隊の3波に及ぶ猛攻を受けたが、有効な防御を行うことが出来なかった。


 その結果、輸送船7隻が沈没、4隻が損傷し、西部ニューギニアへの増援となるはずだった第18軍は上陸前に4割の戦力を容易く失ってしまった。


 あと、陸軍が将来の南方航路の途絶を見込んで計画していた潜水艦は、5月に苦難の末、試作1号艦がやっと完成したが、最初の試運転でいとも容易く沈んでしまった。


 このような背景もあり、海軍側の提案は鈴木にはとても魅力的に映ったのだ。


「軍需省としては、⑥の陸海軍の資源配分の是正という項目がなによりもありがたいです」と佐野が言った。


 これまで、戦争遂行に必要な物資の海上輸送は主に海軍が管理していたため、内地に着いた物資はまず、海軍が必要量を確保してから陸軍に残りを配分するという何とも片手落ちな対応がとられており、陸軍側の不満が増大していたのだ。


 さらに、陸軍海軍間で油の貸し借りをして、その経過をいちいち帳簿につけるといった馬鹿げたことが公然と行われており、このような状況にも軍需省は気を張っていたのだ。


「②の『海上護衛総隊』について詳しく教えてください」と田辺が言った。


「海上護衛総隊はその名のとおり、海上護衛を専門とする部隊であり、組織立ち上げは2ヶ月後の8月を目標としています。」と井上が言った。


 『海上護衛総隊』の創設は2日前の山本、嶋田、永野3大将との話し合いのときに決まったものであり、細部を軍令部の井上と連合艦隊参謀藤井茂中佐が中心となって詰めたのだ。


 組織立ち上げ直後であり、さらに、ミッドウェー海戦の直後でもあるため、十分な戦力を確保できたとは言い難いが、なんとか以下の戦力をそろえることができた。


海上護衛総隊 

司令長官 及川古志郎大将

参謀長  島本久五郎中将

戦力

・護衛空母「大鷹」「雲鷹」

・練習巡洋艦「香椎」

・特設巡洋艦「華山丸」「北京丸」「長寿山丸」

・駆逐艦4隻、2隊 全8隻

・海防艦4隻、6隊 全24隻

第453海軍航空隊 第901海軍航空隊 第931海軍航空隊


「確かに十分とは言えませんが、陸軍がろくに護衛を付けずに西部ニューギニアに物資・兵員輸送をしたことに比べたら遙かにましですな」と田辺が言った。


「実戦部隊の連中が聞いたら喜びそうです。」と鈴木が言った。


「今居る我々だけでは、この提案を受けるかどうか決定することが出来ないのでこの話は今日は一旦持ち帰らせて貰いますが、私個人としてはこの提案については前向きに考えていきたいです。」と田辺が言って、この会議を締めくくった。




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