貌のないビーバーさん

ミイ:本日の3曲目は宇多田ヒカル「誰かの願いが叶うころ」でした。これも2004年の楽曲ですね。映画「CASSHERN」の主題歌として有名な曲とのこと。


ユウ:キャシャーンがやらねば誰がやる! だっけ?


ミイ:新造人間キャシャーンが原作なんですね。それなら私も知っていますよ


ユウ:リアルタイム勢だ!


ミイ:さて、この楽曲をリクエストしてくれた宵の越しネーム「貌のないビーバー」さんからのお便りを読んでいきます。


ユウ:リアルタイむぎゅぅ


ミイ:「ミイさん、ユウさん、こんばんは。

 突然ですが私の実家は田舎のとある島です。島民の全員が顔見知りというほどではありませんが高校生が自転車で一日で一周できる程度の広さです。

 私は、学生時代この島がとても嫌いでした。どんなに歩いても一日経たぬうちに元の場所に戻ってきてしまう。そんな小さな世界で人生が終わるのが嫌だったのだと思います。だから、私は逃げるように東京の大学に進学しました。

 在学中は全てが新鮮でした。中心部にはNounのような大型ショッピングセンターがなくて、代わりに商店街があることを知っただけで一日中感動したものです。

 というのも、島と定期便で繋がった本土では、買い物と言えば大型ショッピングセンターが普通でした。だから、私は大型ショッピングセンターこそが都会のシンボルだと思っていたのです」


ユウ:大型ショッピングセンターの話はたまに聞くよね。昔、ディレクターも同じ話をしてくれたでしょ。


ミイ:東京に比べると人口の絶対数が少ないから、政令指定都市レベルでも個人商店が淘汰されるんでしたっけ? 個人的な見解だから流さないでほしい? それはごめんなさい。手紙の続きに戻りますね。

「ところが、大学卒業後、会社に勤めると私の中の輝きは徐々にくすんでいきました。仕事でもプライベートでもちょっとしたトラブルが続いて、以前のように東京の街を歩いて新しい発見に心を動かす余裕がなくなっていたのです。

 同僚や友人の前では明るく振る舞っていたつもりでしたが、思い返せば、突然感情がコントロールできなくなったり、街中で不安に襲われて動けなくなってしまう日もあって、心身ともに限界だったのだと思います。

 当時の私は、そんな自分から逃げるために深夜ラジオに手紙を投稿し続けていました。仕事で使えなかった没ネタや、日々考えたことを投稿するだけですが、何通かに一通は取り上げられることがあって、そのときだけは自分が自分でいられるような気がしました。

 ちょうど同時期、高校の友人が島に戻ってコミュニティラジオを開設したという噂を聴きました。私の実家は本土からも距離があるので、有名なFMラジオは電波が入らないのです。友人は、だから、自分が代わりに島のFMを流して、皆を元気にするのだと話してくれました。その前向きな声が羨ましくて、電話越しで私は友人への協力を申し出たのです」

 ビーバーさんは私たちと同業者なんですね。これは意外な展開でした。


ユウ:コミュニティラジオの放送局名とか手紙には載ってないの? 興味あるなー


ミイ:残念ながらそれは秘密だそうです。

「コミュニティラジオで働くようになってからは、島を巡って感じたことをまとめて、エッセイや小説を書くことが趣味になりました。高校生になるまでに、島のことなんて知り尽したと思っていましたが、不思議なことに大人になって戻ってみれば、小さな島にも様々な出来事があって、一つ一つに輝きがあるのです。

 そんな輝きを集めて、夕日が沈む海を眺めながら明日の仕事の原稿を考える。そんな毎日を過ごしていると、東京で疲れ果てていたのが嘘のようでした。ところが、2ヶ月ほど前から生活にちょっとした変化が起こりました。東京から、コミュニティラジオで流しているラジオドラマのファンが訪ねてきたのです」


ユウ:ビーバーさんのコミュニティラジオは島の外でも聞けるってことだよね。


ミイ:地方局の番組を聴く方法も多様化していますからね。もしかしたら、ネット配信とかしているのかも。それにしても、ファンが押しかけてくるとは驚きですね。


ユウ:続きが気になるよ。早く読んで。


ミイ:「その男の子は、私よりも8歳年下の大学生でした。昔からラジオ番組に興味があり、趣味で全国のコミュニティラジオを聴いているのだそうです。

 私の台本のファンでブログの記事も全部読んでいると彼は言いました。番組では構成作家としての私の名前が流れることは滅多にありません。しかし、彼は見事に、コミュニティラジオで第3回に放送したラジオドラマのことを言い当てました。

 確かに、私はその回のラジオを担当しており、珍しくエンドロールで脚本家の名前まで読み込んでくれたのです。名前が分かれば、現地で会えるかもしれない。その考えは理解できましたが、私のペンネームはそれほど特徴的なものではありません。

 私の書く文章と番組の構成は同じ色だから間違いないと彼は言いますが、それだけで島を訪れられるとは思えません。驚きました。それと同時に、私の言葉が誰かに届いたことが嬉しかった。

 彼は夏休みだけ島にいると話し、ラジオ局でバイトを始め、夕方になると私のお気に入りの高台に顔を出すようになりました。私たちは、8歳も離れていますし、バックグラウンドも大きく違います。それでも、彼が聴いた他のコミュニティラジオの感想などを聴く時間が何よりも代えがたい時間になりました」


ユウ:ビーバーさん、ファンに恋しちゃったんじゃない?


ミイ:「あと一週間で彼の夏休みは終わります。私の暮らす島が若者にとって魅力が乏しいことはわかっています。彼が戻ることはないでしょう。他方で、私はラジオ局が気に入っていて、島で働くことに充実感を覚えています。私は彼を引き留めるべきか、彼と一緒にこの島を出るべきか悩んでいます」

 重たい問題ですね。ユウちゃんはビーバーさんの立場ならどちらを選びますか?


ユウ:私ならラジオ局に残るかなー。


ミイ:彼のことは引き留めるの?


ユウ:それは彼の意思に任せるべきだと思います。きっと、ビーバーさんは彼が自分の情熱を信じてビーバーさんに逢いに来たから好きになったのだと思うから。


ミイ:さっきと違って意外にロマンチックな回答ですね。


ユウ:そう? 自分はなぜ好きなのか。何を好きなのかは重要だと思うけれど。


ミイ:ユウのこと少し見直しました。私は彼の気持ちを聴いてみるべきだと思います。デートに誘ってみてはどうですか。伝えなければ始まらないのが恋ですから。


ユウ:なんだよー。結局同じ結論じゃないかー。ふぎゅぅ……


ミイ:私たちは皆さんの恋を応援することしかできませんからね。それでも、このラジオを聴いたビーバーさんが、私たちの言葉で後悔のない選択ができるなら何よりじゃない? ユウちゃん。


ユウ:確かに、ラジオMC冥利に尽きる瞬間だよね。8歳差の恋なんて、世の中には溢れているし何てことはないよ!


ミイ:ビーバーさんの恋の続報。お待ちしていますね。それではここで次の曲です。

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