第五話 蒼次郞と日華の共通点、あるいは恋バナ

 村にやってきて四日目。

 雨乞あまごいの踊り子――〝澪標みおつくし〟は、知った顔が減って、知らない顔が多くなった。


 信者の入れ替わりが激しいのだろうか?

 全国区の新興宗教だというし、あちこち手広くやっていて人員が足りないのかもしれない。


架城かじょう日華にっか。ちょっとおれに付き合えよ」


 本日のノルマを終えたところで、蒼次郞そうじろうさんが声をかけてきた。

 相棒に視線をやると、


「こちらはまだ仕事が残っています。行ってきなさい」


 と、送り出されてしまう。

 仕方なく、あごをしゃくる彼の後に続く。


 村はずれまで歩くと、応急おうきゅうで作られたと思わしき小屋ごやがあった。

 どうやら彼が、あれこれと秘密に使っている場所らしかった。


 中に入ると、ぬるい麦茶を出される。

 ありがたく貰っていると、蒼次郞さんが口を開いた。


辰美たつみれた。どうしたらいいと思う?」


 なんとも不躾ぶしつけで、無粋ぶすいな相談だった。


「なんであたしに聞くの?」

「おまえが言い出したんだろう。おれとおまえは、似てるって」

「あー」


 なるほど、に受けてくれた訳か。

 だったら、こっちも腹をくくるべきだろう。


「なら、おれも腹を割って話す。教団のやつと辰美の話は出来ない。村の連中に聞かせれば弱みになる。だから、消去法でおまえしかいなかっただけだ」

「消去法でも光栄だね」


 しかし、辰美さんに惚れた、か。


「どのくらい踏み込んでいいの?」

「逆に、おまえはどこまで解っている?」


 解っているかと問われれば、正直なにも解ってない。

 でも。


「なんで〝雨の恵み〟は、辰美さんに雨乞いをさせてるのか、それは疑問だったりする」

「……教団は……いや、教祖様きょうそさまあせってるのさ」

「蒼次郞さんのママ?」

血縁上けつえんじょうはそうだ。あっちは、おれのことに興味がないらしいがな。だからこれまでは、好き勝手やってこれた。おれは悪党あくとうでクズだ。欲しいものはすべて手に入れてきたし、らなくなれば捨ててきた。この手が届かないものなんてなかった。だが」

「それは、親の七光りで、自分の力じゃなかった?」

「ああ、そうだ。腹立はらだたしいことにな。それで、辰美の件には俺の一存いちぞんがきかない。はじめて、思い通りに出来ない状態にぶつかって、おれは苛立いらだって冷静な判断が出来なくなっちまってる」

「うん。恋は盲目だからね」

「……話を戻すぞ。教祖様があせってる理由は、雨が降らないからだ」


 え?

 それは、なんかおかしくない?

 だって〝雨の恵み〟は。


「そうだ、百パーセント雨を降らせる宗教団体。それが〝雨の恵み〟教団だ。だからなおさら、焦燥しょうそうに駆られてるのさ。なにせ、なにをやってもこの土地では雨が降らなかった」


 彼の言葉で、疑念だったことがストンとに落ちた。

 雨雲だ。

 辰美さんが舞を踊るようになって、突然くもるようになった。

 つまり。


「彼女には素養そようがあるってわけだね」

「察しがよくて助かるぜ」


 つまり、教団の威信いしんを左右する部外者辰美さんには、いくら権力を握っている蒼次郞さんでも手を出せない。

 一番上――教祖自身が、話に一枚かんでいるからだ。


「……じつはな、こんな風なのは初めてじゃない」

「初恋じゃなかったってこと?」

「違う。やめろ、人をまた、うぶなやつみたいに言うな。……おれの思い通りにならないことがだ」


 それは。


「人生はそういうものだってか? まあ、それはそうだ。だが、教団なんて閉鎖空間にいると、大抵たいてのことは思い通りになる。


 彼は言う。

 赤裸々せきららに打ち明けてくれる。

 閉じた権力構造を持つ宗教団体という場所にいると、自分のやりたいことというのが、見えにくくなる。

 なぜなら、教義というものが最優先になるからだ。


 それは、社会でも同じだ。

 お金を稼ぐこと、地位を得ること、目先のことに終始する必要に駆られて、だんだんとなにがやりたいことなのか解らなくなる。


「かわりに、やるべきことを押しつけられる」

「……経験者かよ」

「すこしは知ってるだけだよ」


 でも、だからこそ言える。

 あたしだから、教えられる。


「〝やりたいこと〟と〝やるべきこと〟が重なるとき、ひとは世界の中心に立つ」

「どういう意味だ、それは?」

「誰だって必要なとき、主人公になるって意味だよ」

「…………」


 だから、惚れたというなら、それでいいんだと思う。

 周りがどうこうというのはあるし。

 許されない恋路というのだって、当然あるけど。


「それでも、してあげたいことをしてあげればいい。一緒にやりたいことを、すればいいんだよ」

「……おまえ」


 なにさ。


「意外と話せるな。それに、むやみにべんが立つ。うちの教団に来るか? 出世できるぜ」

「じょーだん」

「ああ、そうだろうな……いや、有り難く忠言ちゅうげん聴いておくぜ。おれは、おれがやりたいことをやれるように頑張るよ」


 うん、それがいいと思う。

 あたしは、そんな風に彼へと告げて、麦茶を飲み干した。



§§



 翌日から、蒼次郞さんと辰美さんが一緒にいるところを、よく見かけるようになった。


「あれはデキてますね。恋愛経験豊富な私が言うのですから間違いありません」

「藍奈、経験人数は」

「黙秘します」


 などとヴァージン巫女と軽口を叩くぐらいには、二人の様子は仲睦なかむつまじかった。

 常にふたりを監視するように、信者さんたちが周囲を取り巻いていたけれど、彼らは一向に気にしている様子はなかった。

 噂だが、蒼次郞さんは女遊びを、すべてやめてしまったらしく、その本気が見て取れた。


 あたしたちが休憩していると、ふたりがやってきた。

 つかず離れずの距離で、お互いがあることが当たり前みたいな顔をしていた。

 ふふーん、いいじゃんか。


「架城さん、元気でしごとやってるか?」

「そういう蒼次郞さんこそ、元気そうで」

「おれか? おれは……ははは。それより、辰美が話があるって言うんだ」


 辰美さんが?

 見ると、黄金きん光彩こうさいを持つ彼女はゆっくりと頷き。

 たっぷりと間を取ってから口を開いた。


「蒼次郞とまじわって、世の中は変わったのだと理解した」

「――ぶっ」


 蒼次郞さんが吹き出した。

 珍しく藍奈が、食いついたように身を乗り出した。

 下世話げせわか。


「む? いや、勘違いするではない。この人の子は、われに指一本触れることはできなんだ。でありながら、吾がかりよりどころへ、毎日毎夜通い詰めた。交わしたのは言葉、そしてじょうじゃ」


 なんともプラトニックな関係だ。

 それで、世の中が変わったというのは?


「うむ。かねてより、この地は竜が治めてきた。豊かな水源をたたえ、まつられるまま人の子らに恩恵おんけいさずけてきた。かつての人の子はか弱きものであった。触れれば砕ける硝子ギヤマンのごときものだった。しかし、いまのなんじらはしたたかだ」


 彼女は言う。

 ゆえに、もはや竜の庇護ひごなど、この地には不要なのだろうと。


「水害も、氾濫はんらんも、めぐみの裏と表も、もはや汝らには無用なのだ。神秘とは、このままちるべきものだと吾は考えた。滝壺に縫い止められた竜は、そのまま滅ぶべきであろうと。この地に住まうものたちが、己でそれを選択したのならば、れるべきであろうと」

「おいおい。竜なんて、お伽噺とぎばなしの存在だろう?」


 蒼次郞さんが、おかしそうに笑う。

 辰美さんもつられたように微笑んで。


「ああ、お伽噺であるべきなのだ、このようなものは」


 と、さびしそうに言った。


「だからこそ。のう、蒼次郞。あれはやめるべきだ」

「あれ?」

「ああ、あの過剰な供犠くぎはやめさせよ。でなければ、竜は――うつろとなった竜体は、供物くもつむさぼり、この地を滅ぼす」


 供物。


「……辰美。その、供物ってのはなんだ? おれにはさっぱり――」


 彼がそこまで言いかけたときだった。



 鼓膜が壊れそうなほどの爆発音が響いた。



 全員が、ハッと村の方を見る。

 燃えていた、赤く染まっていた。


 爆煙ばくえんが、次々に空へと、上がっていたのだった――

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