第六話 目覚める竜の逆鱗

 何度も何度も、爆発音が響く。

 あたしたちがけつけたときには、村は戦場と化していた。

 あちらこちらに黒服の男たちの姿が見とれて、それが春原組すのはらぐみの連中であることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 ただ、奇妙なこともあった。

 お得意の火炎瓶かえんびんで破壊工作をしているのは春原組ではなかった。

 彼らはむしろ、火の手に追われる村人たちを逃がして回っていたのだ。


「おーう、架城日華じゃねーか! やっとみつけたぜ」


 倒壊とうかいしかけの建物から、数人の子ども抱え上げて、悪趣味な黄色いスーツの女性が飛び出してくる。

 彼女はあたしを視認しにんするなり、獰猛どうもうに笑ってみせた。


 春原すのはら櫟木いちぎ


 どうやら、子どもを助けていたらしい。


あねさん、これ、どういう状況……?」

「あン? 見てわかんねーのかよ。耄碌もうろくしたなぁ、テメェも」

「ちゃんと説明して」

「……周りをよく見てみやがれ。逃げてるのは誰で、おそってるのは誰だ?」


 火の手から逃げ回っているのは、村人たち。

 それを導いているのは、黒スーツ。

 そして、火炎瓶を投げて回っているのは――


「うそ、だろ……」


 蒼次郞そうじろうさんが、絶望をこぼした。

 村の人たちを襲っているのは――白装束しろしょうぞくのひとびと。


 〝雨の恵み〟の、信者たちだった。



§§



「母さん――教祖様が近衛隊このえたい派遣はけんしてきたんだ」


 蒼次郞さんは、携帯であちこちと連絡を取り、そう結論づけた。


「なんてことだ……」


 あたまを抱える蒼次郞さん。

 その側に寄りそう辰美さん。


「なんだか知らねぇが、うずくまってる暇はねーぞ」


 避難誘導ひなんゆうどうと、引き続き春原組の指揮をらなくてはならない姐さんは、すぐに立ち去ってしまった。

 わかぎわ


「テメェらもさっさと逃げちまえ。ろくなもんじゃねーぞ、ここは」


 と、姐さんは言い捨てていった。


「ともかく、原因を探るしかない。近衛たちはおれの言うことなんか聞かない。どこかに教祖様がいるはずだ。それを見つけだして、直接問い詰める」


 立ち上がった蒼次郞さんは決意をあらたにした様子だったが。

 しかし、探すといってもこの一帯は広大だ。

 村はこの有様だし。

 滝壺には、いなかったみたいだし……


 そんな風に迷っていると。

 藍奈が、ピクリと身体をふるわせた。

 そうして、すさまじい勢いで背後を振り向く。


「なにものですか!」


 鋭い誰何すいかの声に。

 炎の影から、数人の人物が姿を現した。

 中心に立っていた人物が、威風堂々いふうどうどうと歩み出る。


 白装束に糸のように細められた眼。

 張り付いた笑顔。


 〝雨の恵み〟教団教祖――


井森いもり大明神だいみょうじん

「はぁい。わたくしが井森ですよー。それではみなさん、単刀直入に申し上げますね」


 彼女は。

 彼女の取り巻きたちは、懐から拳銃を取り出し、こちらへと突きつけながら、勧告かんこくした。


「あなたがた全員、人柱ひとばしらとして滝壺に沈んでくださいますぅ……?」



§§



 判断は。

 全員が、早かった。


 藍奈が辰美さんの手を引いて走り出す。

 あたしと蒼次郞さんは、銃口が狙いをさだめる前に飛び出し、目前の建物の屋台骨やたいぼねを蹴り倒した。

 倒壊寸前だった建物が、一気に教祖たちへと向かって瓦解がかいする。


「――逃がすな! とくにあの、黄金眼の娘は確実に〝澪標みおつくし〟にしなさい!」


 余裕をかなぐり捨てた教祖の一喝いっかつ

 無数の銃声が響く中、あたしと蒼次郞さんは身をひるがえす。


「よかったの?」

「親離れは子のつとめだろう?」

「違いない!」


 ともかく、隠れる場所が必要だ。

 すぐに藍奈たちに追いついたあたしたちは、一丸いちがんとなって滝壺へと引き返す。

 あちらにも信者たちいるだろうが、森や洞穴どうけつなど、隠れるにたる場所は多い。


 走って。

 走って。

 走って。


 とにかく森へ逃げ込めと走り続けて。


「っ」


 あたしは、慌てて足を止めた。

 目前に広がっているのは、弱々しく流れる源流げんりゅう

 ここは――滝の真上だったのだ。


遡上そじょうしますか?」

「いや、おまえたちは地理にうといんだろうが、ここから上は道が過酷かこくすぎる。はげ山が続くし、逆の意味で見通みとおしが最悪だ」

「だったら引き返すしか――?」


 きびすを返そうとしたあたしの背中を。

 誰かが。

 突き落とした。


「ニッカポッカ!」


 藍奈の悲鳴じみたごえ

 あたしは、滝壺へとさかさまに落下する。

 最後に視界に入ったのは。

 辰美さんを羽交はがめにして、狂気的な笑みを浮かべる教祖の姿で。


「最悪だ」


 あたしは。

 そのまま頭から、落水した。



§§



 沈んでいく。

 沈んでいく。

 どこまでも、深き、くら深淵しんえんまで。


 口のはしからあふれた泡粒あわつぶが、つらなって空へ向かっていく。

 けれど身体は、どこまでも沈む。


 水が重い。

 粘液ねんえきのようにからみつき、指先を動かすことすら難しい。

 目蓋まぶたを開けているのが精一杯せいいっぱいで。


 だから、あたしはた。


 〝青〟。

 凄絶せいぜつな〝あお〟を。


 滝壺は、地の底まで続くがごとく深かった。

 もっと深く、暗い場所に、巨大な玉体ぎょくたいが横たわっていた。


 〝竜〟。


 死んだように動かない、超常ちょうじょうの存在。

 よく見れば首元、逆さになったうろこに、一振りの日本刀が突き刺さっている。

 殺竜丸せつりゅうまるに、よく似た刃。瓜二うりふたつの、鏡写かがみうつしの一振り。


 そうか、これが封印なのかと、漠然ばくぜんと理解する。


 竜の周囲には、いくつもの死体がり重なっていた。

 白骨化はっこつかしたものもあれば、まだ沈んで日が浅いものも多かった。

 そのどれもが、教団の白装束をまとっている。

 死者のむれ


 生け贄の、群。


 〝雨の恵み〟がなにをしてきたのか、理解しようとつとめるが、酸素が足りない。

 口元からゴポリと、生きるかてがこぼれていく。

 光に向かって、泡沫ほうまつのぼる。


 死ぬのか。

 こんなところで?

 やるべきことも。

 やりたいことも。

 まだ、なにもげていないのに……?


 ――嫌だなぁ。


 未練みれんが、ほんの少し身体を動かし。

 手を、光へと伸ばさせた。


 ガシリと、なにかが手をつかんだ。

 それは、すごい強さでたいのあたしを引っ張りあげ、浮上していく。


 水面が割れる。

 身体が大気の中に飛び出す。


 肺が、酸素をむさぼった。


「げほっ、ごほっ!!」

「ニッカポッカ! 生きていますかニッカポッカ!?」


 耳元で叫ぶのは、なじみ深い声だった。

 砥上藍奈。

 相棒の巫女が、あたしを支えながら、岸辺きしべへと泳ぎはじめていた。


「なん、で」

「悪しき! なんでもへちまもありますか! こんなところでは、お互い死ねないでしょう?」

「……それは、そう」


 弱々しく頷きながら、あたしも泳ぎ出す。

 二人してひーこら言いながら上陸し、一命を取り留めた感慨かんがいひたる。

 荒い息のなか相方を見やれば、彼女もこちらを見詰めていた。

 静謐せいひつな、黒曜石こくようせきのような瞳が、あたしをまっすぐに見据みすえ。


「生き抜きますよ」

合点がってん


 手を取り合って立ち上がる。

 脳みそは既に、生きるための算段さんだんをつけはじめていた。


 とかく、姐さんと合流すれば活路が開けるだろうか?

 そもそも、教団の狙いはなんだ?

 なぜ村を荒らし、この滝壺に生け贄を投げ込んだ?


澪標みおつくしというのがどういう意味か、おまえは知っていますか?」


 藍奈の言葉にかぶりを振る。

 巫女は上唇をペロリとなめて。


「澪標は、くし――つまり、治水ちすいを成すための人柱、生け贄を指す言葉です」

「――――」

「いいですか、ニッカポッカ。雨乞いにも、パターンがあります。大きく分けて二つ。ひとつは、平身低頭へいしんていとう、神様のご機嫌を取って、雨という恵みをもらうこと。もうひとつは――」


「それは、ずっと簡単なことですわ。そう――竜がいかれば、雨が降るでしょうから!」


 なにものかが大声を張り上げた。

 心当たりなど、ひとつしかなかった。


 見上げる。

 滝上で、教祖が。

 井森大明神が、蒼次郞さんと辰美さんを近衛の部下に拘束こうそくさせながら、こちらを見下していた。


 彼女の手には、一振りの日本刀が――殺竜丸が握られていて。


「だから! 封印を解くのです……!! 目覚めよ、いにしえの竜神よ……!!!」


 彼女は。

 そいつは。

 老朽化ろうきゅうかした刃を、たたき折った。


 刹那せつな――


 

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