第四話 夢とほこらと日本刀、ときどき生け贄
悪夢を見ている。
見慣れた悪夢だ。
血の滝がしたたる崖の上を、三本足の鳥が飛んでいる。
あたしの目の前には、〝うつくしい〟彼女がいた。
ひさしぶりだね、
「ええ、お久しぶり。目が覚めれば
それはずいぶんと買いかぶられたものだけど。
で? 今回は、なんの用事?
「あら、つれない。けれど確かに、この前置きは
啖呵?
「〝やりたいこと〟と――」
……〝やるべきこと〟が重なるとき、ひとは世界の中心に立つ。
「いま、そのときが来ているのよ。けれど、今回の主役はあなたではない。あなたではないからこそ――あなたは
どういうこと?
「この場所は神と並ぶものどもの
あいつ?
「すぐに解るわ。大事なのは、あなたには間違いなく、選択の時が来るということ。でも、どうか気軽に構えて
きっと、今回だけは、世界を救う主人公ではないのだから。
虹色の〝うつくしい〟なにものかは、そう告げて。
鳥が、鳴いた。
眼が、
§§
「――――」
翌朝、練習場に行ってみると、
彼の視線の先には、舞台の上で踊る少女がいた。
昨日出会った美少女――
「ずっとあの調子ですよ」
休憩から戻ってきたと思われる藍奈が、横から耳打ちしてきた。
彼女は汗を
「
と、ずいぶん浮ついた言葉を口にする。
頭の中でしばらく
蒼次郞さんに歩み寄り、声をかける。
「蒼次郞さん」
「――――」
「蒼次郞さん?」
「――……おう!? なんだ、突然!?」
あー。
これは重傷だ。
「あの子――辰美さんのこと、どう思う?」
「どう思うかだと!?」
「いや……そんな
「……どうもしねーよ。つーか、どうもさせねぇ。おれが、絶対にだ」
なるほど。
それなら、あたしがいろいろ考える必要はないか。
「逆に、どうしておまえは、おれにそんなことを聞くんだ。ただのバイトのくせに」
「ただのバイトを三千万で
「……事情があるんだよ」
それはそうだろう。
その事情とやらが
「うん、正直に言ってくれてありがと。だから、あたしも正直に言う。なんであたしが、蒼次郞さんに
それは。
「蒼次郞さんが、ちょっとだけあたしに似ているから、かな?」
§§
ようやく舞を踊れるようになった。
しかし、驚くべきはあたしの
彼女は朝見たときからいままで、休みなく踊り続けていたのである。
べらぼうな体力だ。
「なんともうらやましい――いえ、うらやましくはないですね」
仕事がなくなってしまった藍奈が、ぼそりと
現在、あたしたちを含む〝雨の恵み〟の信者さんたちは待機中だ。
辰美さんと交代するタイミングを
というのも、彼女が踊り始めてから、にわかに雲がたちこめはじめたからだ。
まだぽつりとも降り出してこないが、現状を維持したほうがいいと、蒼次郞さんが判断したのである。
……どうやら、上の指示に
「蒼次郞さま、あんなに無気力な
「女を抱く意外に興味のなさそうな
「女の尻をおっかけて痛い目を見たとか?」
「
「もとからいけ好かないところもありましたし、うまくいかないとすぐ権力をふるって……」
「おっと、これはご
「ご内密に」
などなど、信者さんたちは好き勝手に
しかし、このまま
ずっと、姐さんに言われた言葉が引っかかっているのだ。
それが、相方には解ってしまったのだろう。
「
そんな提案を、してくれた。
滝の水気をうけて、植物の生育がいいのだろう、見上げるほどに高い樹木も、
都市部では見られない光景だ。
「おまえ、家族とかはいるのですか」
「いるよ。パパとママがいる。借金残して
「…………」
「藍奈もいるんでしょ? えっと、お姉さんと」
「ええ、姉上と、そうして
うん?
義兄ということはは。
それは、藍奈のお姉さんの――
「む。なにかありますね」
「え? なに?」
思考を
薄暗い森の中。
ずいぶんと奥まった位置に、小さな、
「……入ってみる?」
「危険を感じたら
頷き合って、あたしたちは洞窟へと足を踏み入れた。
それほど、深い洞穴ではなかった。
まっすぐ四十メートルほども行くと、そこが
突き当たりには、奇妙なほこらと。
もうひとつ、奇妙なものがあった。
ほこらは、
竜、だろうか?
とにかく、細長く、力強い、神秘あるなにか。
そのほこらの手前には、ひとつの白い岩があって。
岩には、日本刀が
ずいぶんと
「なんだろう……」
左目が〝色〟をうまく感じ取れず、ノイズが走る。
確かめるように、気がつけばあたしは、刃に指先を伸ばしていて。
「――触れるな、受け継いだものよ」
鋭く、重たい声が、背後から響いた。
あたしたちは振り返り。
藍奈が、叫んだ。
「
そこにいたのは、山のような
砥上幻揶が、あいかわらずキマった目つきで、
§§
「この刃は、
いまにも噛みつきそうな様子だった藍奈をなだめ、なんとか引き離すと、砥上幻揶は
彼はゆっくりと日本刀――殺竜丸に歩み寄ると、その刀身を
そうして、
「ふん。やはり封印にほころびが出来ている。
と、奇妙に無念そうな言葉を吐き出した。
「今一度問います。なんのつもりですか、いったいどういう
藍奈が吠えると、彼は一瞬困ったように眉をひそめ。
「危機が迫っている」
「危機ぃ?」
「それほど
「竜ぅ?」
……ちょっとついて行けない話が始まった。
いくら世の中が乱れているからと言って、いきなり竜がいますとか言われても、にわかには信じがたい。
オカルトだとか怪異だとかはまだ見てきたから飲み込める。
けれど、伝説とか、フィクションだと
「……すでに
「あたしが?」
「解らないならばよい。殺竜丸も役目を終える。そのとき何事もなければ竜も死に絶えよう。ゆえに――〝雨の恵み〟の
男は。
偉丈夫は。
確かな怒りとともに、言い放った。
「砥上藍奈、架城日華。すぐにこの地から立ち去れ。〝雨の恵み〟は――」
おまえたちを、竜の生け贄として滝壺に沈めるつもりだぞ――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます