第五話 猟銃は二度突きつけられる

 朝食の時間、予定よりもお客の数が少ないことに気がついた。

 しかし、料理の数は合っている。

 管理人さんにたずねたところ、


「ちょっとキャビンを確認してきてくれるか?」


 とのことだったので、当該とうがいキャビンをおとずれる。


「いるように見える?」

「もぬけのからとはこのような状況を指すのです。夜逃げでもないのですよ? ひとがいた痕跡こんせき皆無かいむすぎます」


 一夜にして、忽然こつぜんと姿を消したお客さま。

 それは、あたしたちにひとつの着想ちゃくそうを与えるには十分すぎた。


「あやしいのは、管理人さんかな」

「断定は出来ません。しかし、荷物まで片付ける怪異というのは、多くないでしょうね」


 疑念を深めつつ、キャビンがからになっていることを報告する。


「……あるんだよね、ときどき神隠しみたいになるの。君たちも気をつけておいてくれよ? ところで今日の夜辺り、温泉はどうかな?」

「考えておきます。それよりも、このあとの仕事はなんでしょうか?」

「……残念だよ。そうだね、昨日はすごく活躍してくれたし、また採取にでも行ってもらおうかな!」


 切り替えたように明るい声を出す管理人さんへ見送られ。

 あたしたちは、またも隠し沢へと向かうことになった。


しき。あまり気乗りはしませんね」


 最初、藍奈はそんなふうに駄々だだをこねていたが、昨晩手にした日当の重みがじわじわ効いてきたらしく、結局は沢行きを了承してくれた。

 隠し沢には、今日もたくさんの命が息づいていた。


「ニッカポッカは、ノアの箱舟を知っていますか」

「あれでしょ、遺伝子の多様性は後世まで伝えましょうみたいな」

「……おまえ、かたよった知識だけは持っていますよね」

「神話はよく聞かされたからね。覚えてる」


 大洪水にそなえ、神様から命じられてノアが作り上げた箱船には、雄と雌がつがいになったあらゆる動物たちが乗せられていたという。


「この沢も、ある意味ではそうなのでしょう。気軽に取り出せるという意味でも、ここは箱庭はこにわなのです」

「ふーん」


 ずいぶん詩的な感性を披露する巫女は、しかしまったく手を動かす様子がなく、休憩にいそしんでいた。

 しかたなく、あたしが倍働いていると。


「――またおぬしらか」


 聞き覚えのあるしゃがれ声が、聞こえた。

 赤ら顔の老猟師が、けわしい顔つきで、こちらへと向けて猟銃を構えていた。



§§



 連れて行かれた場所は、さびれた村だった。

 集会場の大きさや、奥まった位置にある神社の様子など、随所ずいしょから、かつてはそれなりの規模であっただろうことがうかがえる。

 しかし、いまはほとんど手入れがされていないらしく、かわらが半分以上はげてしまっている家屋も目立った。


「あの……そろそろ手を下ろしてもいい?」


 ここまで、ずっとハンズアップな状態で連行されてきたため、腕がしびれはじめていた。

 藍奈など、もはや一言も発せないほど疲れ切っている。

 老人は自宅の縁側えんがわにドカリと腰を下ろすと、


「駄目じゃ」


 実に短く、容赦ようしゃの無い言葉を放った。


「あの男の手下を、野放のばなしには出来んよ」

「ただのやとわれだよ、おじいちゃん」

「今度はわしらからなにを奪うつもりじゃ? 村はこのざまで、わしらは今日明日の生活も立ちゆかん。それもこれも、〝ウカハミさま〟をヤツが持ち出したがゆえ……いや、先に奪われたのはあやつじゃったか……」


 〝ウカハミさま〟?


「ほう? 知らんのか」


 老人のきびしくつり上がっていた眉が、わずかにさがった。

 刺すようだった警戒心が、ゆっくりとではあったが氷解ひょうかいしていくのがわかった。


「ならば非道ひどうな真似をしたのはわしということになる。ゆるせよ、お嬢さんがた」


 おじいちゃんは銃口を下げ。

 さらに、頭まで下げた。


「ご――ご老体」


 ようやく両手を降ろすことが出来た藍奈が、ぐったりとしながら――しかし顔だけはすました様子で、老爺に訊ねる。


くわしく、話を聞かせてもらえませんか。じつは、私たち――」

「なにも言わずともよい。そうじゃのう」


 藍奈の言葉をさえぎり。

 老猟師は、急に老け込んだような顔で、言った。


「全ては、十年前のことじゃ――」

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