第三話 秘境のリゾートで山菜採取

「――というわけで、説明は終わりだ。これから即戦力そくせんりょくとしてビシバシ働いてもらうから、気合い入れてくれよな?」


 数刻前すうこくまえ、あたしたちの窮地きゅうちを救ってくれた管理人さんが、激励げきれいの言葉を投げてくる。


 彼を見た老人は、恐ろしいモノと出くわしたように顔を引きらせ、すごすごと逃げ出したのだが。

 いまの飄々ひょうひょうとした管理人さんからは、あのときの凄味すごみがまったく感じられなかった。


 管理人さんのみちびきで、隠し湯リゾートへと到着したあたしたちは、従業員の宿やどねた食堂で、簡単なレクチャーを受けていた。

 仕事の内容は、主に雑務ざつむだ。


 雑務といっても、接客から配膳はいぜん、掃除、洗濯、夜の見回りに食料調達と、かなり多岐たきにわたる内容だ。

 やるべきことを頭にたたき込んでいると、あっという間に業務開始の時間となってしまった。


 現在は、ちょうど飯時めしどき

 やまさちをふんだんに使った管理人さん手作りの料理は、この施設の売りらしい。

 宿泊客たちが、大挙たいきょしていた。


「どう思いますか、ニッカポッカ」


 忙しくオーダーを取るかたわら、藍奈が耳打ちをしてくる。

 どうもこうもない。


「普通すぎるね」


 そう、普通だ。

 店内は大入おおいりで、テーブルはすべて埋まっている。

 客たちは中年から年配ねんぱいが多く、ほとんどが似ていない男女の組み合わせ――つまりは夫婦であるように思えた。


 山奥の山小屋キャビンで温泉旅行。

 そう考えれば、なにもおかしなところはない光景だが……


 しかし、これは心霊バイト。

 異常が無いのは、異常である。


 神経をとがらせれば、違和感は皆無かいむではない。

 たとえば、食堂のあちこちに飾られている写真。

 その多くが、管理人さんと小さな子どもが写ったものばかりということ、ぐらいだろう。

 どれも同じ子どもである。


「なんか不気味ぶきみだなぁ。さすがオーナーの紹介ってこと?」

「……どちらにせよ、しっかり働くことです」


 うなずき合って、あたしたちは仕事に戻った。

 昼食時が忙しさのピークかとも考えていたが、どうやらそういうわけでもない。

 食器や食べかすを片付け――厨房ちゅうぼうへの出入りはなぜか禁止されたが、左目で視る限り〝青〟かった――床をみがいていると、管理人さんが声をかけてきた。


「昼からは、料理の材料を調達してきてほしいんだよねぇ」


 材料? と、そろって首をかしげるあたしたちに。

 彼は外を指さし、こう告げた。


「雄大な自然は、なによりの食料庫しょくりょうこだろう?」



§§



「なにが『雄大な自然は、なによりの食料庫だろう?』ですか! いくら簡単な食料採取とはいえ、初回ぐらいは地理に明るいものをつけるべきでしょう!」


 表情は変えないまま、藍奈がキレ散らかしている。

 しかたがないことだと思う。


 ただでさえ肉体労働が得意ではないらしい彼女はいま、過酷な山中でフィールドワークを強制されていた。

 簡単に言えば、案内もなく山菜さんさいの採取をやらされているわけだった。


「第一、冬に山菜とかあるのですか。いや、ありませんね!」

「あるよ? 結構、食べられるもの、ある」

「はぁ?」


 心底嫌そうな声を出し、こちらを見てくる藍奈には申し訳ないが、そこかしこにみどりはある。豊かな山だなと感じた。


「〝青い〟のは食べられる」

「食べ物を色で判別……姉上もよくやっていましたね……」


 お姉さんが?

 深く話聞こうとすると、藍奈は面倒くさそうに手を振って。


「いいから、講釈こうしゃくを続けてください」


 と、話題を切り上げるように言った。

 あたしは頷く。


「例えば……これはヤマユリ」

「ユリが食べられるのですか。ああ、正月の」

「そうそう、ユリの根っこは大体ユリネだから、食べられる」


 それで、こっちはノビル。

 ネギとかニラとか、あの辺の感じだ。根も球根きゅうこんになっていて、しゃっきり美味しい。引き抜くのは、結構難しいけど。


「あとは……」

「ニッカポッカ。すこし、黙って」


 口の前で指を立てる藍奈。

 喋れと言ったり黙れと言ったり、この巫女は忙しい。


「聞こえませんか?」

「なにが」

「川のせせらぎ」


 言われるがままに、耳をます。

 蝉たちの声、こずえのぶつかる残響ざんきょう……そして、水の流れる音。


「……!」

「行ってみましょう」


 下生したばえをき分け、あたしたちは道なき道を進む。

 しばらく行くと、急に視界が開けた。

 そこには――


「これは、驚きましたね」


 藍奈が、戸惑いを隠せないといった様子で、驚嘆きょうたんの息を吐いた。


「〝かくさわ〟ではないですか、これは」


 両手を広げたぐらいの川幅かわはばをした小さな沢が。

 山奥へと向かって、ひっそりと伸びていた――

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