第二話 現地の厄介老人から警告される!

 春が近づいてもせみたちは、乱痴気らんちきさわぎをやめなかった。

 いつまでも夏に固定された喧噪けんそう

 それは、山奥へ踏み入っても変わらないものだ。


 安全靴あんぜんぐつをトレッキングシューズへえて、あたしはひたすらに山を登る。

 呼吸は大きく、一定のリズムをたもって。


「に、ニッカポッカ……」


 あたしとは対照的な、息もえで、消え入りそうな声。

 背後を見遣みやると、生まれたての子鹿こじかのようになっているパチモン巫女が、悲壮感ひそうかんすらにじませて立ちつくしている。

 無視しようかとも思ったが、さすがに無体むたいかと思いとどまる。


「藍奈、何度目の休憩か、覚えてる?」

「うるさいですよ、体力馬鹿……。私は、どちらかといえばとこに飾られているタイプの大和撫子やまとなでしこなのです……山奥で、絵本だけを与えられて、世俗せぞく隔絶かくぜつして生きてきた、そういう感じの生き物なのです……」

「なんだその具体的なたとえは」


 つえすがり付いているのがやっと。

 立っているのもつらそうな有様ありさまの相棒は、いつになく情けない弁明べんめいを口にした。


「ていうか、そのなりで? 大和撫子?」

「なにか?」

「別に」

「なにか!?」

「涙をにじませてまで言わなくても……」


 確かに、砥上とがみ藍奈あいな楚々そそとした美女である。

 外見だけならば、というただし書きがつくことに目をつぶれば、だが。


「そもそも、巫女服で来るのが悪いんじゃない?」

「これは私のアイデンティティーなので。おまえのような、誰とでも置換ちかん可能な没個性は、まっぴらごめんなので」


 強がった言葉を吐いてみても、限界なのは見てわかる。

 ため息をひとつ、あたしは大きく吐き出した。


「仕方ないなぁ。ほら、背中押したげるから、もうひと頑張りしよう?」

「やめ、やめなさい。自分のペースで歩――やめ、ヤメロー!」


 やいのやいのと言い合いながら、楽しい登山を続行する。

 この山中にあるという、知る人ぞ知る温泉リゾート地。

 そこが、次なる心霊バイトの現場だった。


「し――しかし、車道も通っていないとは面妖めんような。これは悪しき判定では?」

「自力で歩くほうが達成感ある、とか書かれてなかったっけ?」

「ネットの書き込みなど、信用する方がどうかしています」


 確かに、インフラも整っていないような施設が、ミシュラン的ガイドブログで三つ星評価を受けているというのは、いささか奇妙な話だ。

 そも、こんなへんぴな場所に、本気で温泉リゾートなどあるのだろうか?



「おまえさんがた、どこへ行くかね?」



 じつに益体やくたいのない軽口をたたき合っていると、突然声をかけられた。

 つづら折りの山道。

 その、影となっていた部分に、老人がひとり、腰掛けていた。

 赤ら顔の老爺ろうやは、猟師りょうしなのか毛皮を身につけている。


 とりあえず山登りのマナーとして、敵意がないことを示しつつ、はっきりとした声で挨拶をする。


「こんにちは! おじいちゃん、ひょっとして地元の人?」

「ああ、こんにちは。お嬢ちゃんがたは、どうやら余所者よそものじゃな?」


 老爺はあたしと藍奈――とくにこんな山奥で巫女さんの格好をしている馬鹿を見て――いぶかしそうに目を細めた。

 そうして、キセルをふかす。


「ご老体、私たちは狐狸こりたぐいではありませんので、煙草たばこは効きませんよ」

「はー、別嬪べっぴんさんに化けるなら、きつねたぬき仕業しわざと思ったが、当てが外れたか」


 そういいながらも、老人は油断なくこちらを観察していた。

 藍奈が咳払せきばらいをして。

 仕切しきなおすように、質問を投げる。


「では、ご老体。疑いも晴れたところでひとつ、うかがいたいのですが。この辺りに温泉リゾートは――」

「――貴様ら、隠し湯を奪いに来た不埒ふらちものか!」


 ぎょっとした。

 突如とつじょ老爺がカッと目を見開き、すごい剣幕けんまくで立ち上がったからだ。


「落ち着いてください、ご老体。なにか、無礼ぶれいをはたらいてしまいましたか? でしたら、謝罪を」

「帰れ!」

「は?」

「すぐに引き返せ愚か者どもめ!」

「――――」


 雄弁家ゆうべんかにして多弁家たべんかの藍奈が、思わず閉口へいこうするほど、老人の怒りはすさまじかった。

 ふもとを指さして、豹変ひょうへんしたように彼は怒鳴どなり続ける。


 いや――それだけではなかった。


「あやつの回し者か! それとも仲間か!? どちらでもいいわい。今度はわしから……わしらからなにを奪うつもりじゃ! せろ、消えろ! ええい、いなくならんのなら――」


 咄嗟とっさに、あたしは藍奈の襟首えりくびをつかみ、背後へとかばった。


 老爺が、猟銃をこちらに向けたからだ。


 どうやら見えない位置に銃は置かれていたらしく、完全にきょを突かれた形だった。

 老人の指が引き金にかかる。

 いまから動いても、どうにもならない状況だと悟り。

 あたしは祈るように、胸の厄除けをつかんで――



「そこまでにしてもらおうかなぁ、村長さんよ?」



 緊迫きんぱくした空気を。

 やけに弛緩しかんした声が、さえぎった。


 道の奥から、頭髪が薄く、糸目が印象的なエプロン姿の男性が現れて。


「ふたりがうちの臨時りんじアルバイター? あんまり遅いから迎えにきたよ。さあ――」


 こっちへ来なさい、と。


 彼――隠し湯リゾートの管理人さんは、何事も起きていないかのような余裕で、そう言った。

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