第五話 六日目:鏡の間を調査せよ
「おまえ……ずっと気になっているのですが、なぜそんな、〝すてっぷ〟を踏むような歩き方をするのですか? この屋敷に来るまでは普通に歩いていたでしょう?
「逆に藍奈は、よくまっすぐ歩けるね」
怖くないの?
「意味がわかりません……」
理解を
それから、気を取り直すように
「ところで、いまさらこんなことを言うと、おまえに
「その
「……この怪異の正体が〝赤い部屋〟かどうか、疑問があります」
「――は?」
チェス盤をひっくり返された気分だった。
あれだけ
なにゆえ?
「あの文字ですよ、禁后という」
「そうだ。あれ、なんて読むの?」
「解りません。解らないから、まずいのです」
どういうこと?
「先ほども言ったでしょう。
ふむ。
「重要なのは、〝命名〟が、共感呪術とは似て非なる呪詛だということです。名前は知られることで、あるいは与えられることで効果を及ぼします。だから、〝名前〟のわからない〝怪異〟は〝なんにでもなれる〟可能性があるわけです。すなわち、詳細不明と言うことは、万能の神を
なにかを言いかけた彼女の口を、あたしは
抗議のように殴りかかってくる彼女に、ジェスチャーで黙るよう伝え、前方を指さす。
鏡の間に続く扉が、開いていた。
「――――」
瞬間的なアイコンタクト。
足音を忍ばせながら、扉へと近づき、そっと中をのぞき込んだ。
歩美さんが、いた。
歩美さんは死体に寄り添って、ぼうっと姿見を見詰めている。
十五分ほどもそうしていただろうか。
彼女は不意に立ち上がると、ゾンビのような足取りで、部屋から立ち去っていった。
うまいことやり過ごしたあたしたちは、入れ替わりで部屋の中へと入る。
ザリ、バリと、足下に転がったガラスが、踏まれるたびに嫌な音を立てた。
「歩美さん、なにしてたんだろう?」
「興味はありますが、いまは調べ事が優先でしょう」
言いながら、藍奈はすでに
さすが手が早い。
あたしも負けていられない。
「んー」
あらためて見ると、やはり奇妙な部屋だった。
赤い床には砕けた鏡が散らばっており、それを避けるようにして幾つかの文机が設置されている。
中央には例の、『 禁 后 』と描かれた布をかけられた姿見があり、これにも引き出しが付いている。
そして、死体がひとつ。
とりあえず、一番近いところにあった机の引き出しを開けてみた。
なかには、たくさんの封筒。
ひとつを手に取って振ってみる。カラカラと音が鳴る。
中を覗く。
「歯だ」
黄色く変色した、たぶん人間のものと思われる歯が、数本入っていた。
根元の部分は、黒ずんで見える。
これは、血液が乾いたあとだろうか?
他の引き出しも開けてみると、やはり封筒が入っていた。
封筒にはほかに、小さな骨、爪、髪の毛、なんだか解らない乾燥した赤黒いものなどが入っていた。
感染呪術には、髪や爪などの触媒が必要。
藍奈のそんな説明が、ここに来て状況のまずさを後押ししてくる。
つまり、
……いまさら再確認しても、どうにもならない話だろうけど。
気になったのは、名前の書かれた〝札〟だけが、どの封筒にも見当たらなかったこと。
代わりに、名前の書いていないまっさらな札が入っていた。
頭をひねっていると、だんだん気分が悪くなってきた。
うーん、どうにも頭脳労働は向いていない。
「藍奈、そっちはどう?」
「おまえと似たようなものです。なので」
「そうだね……やっぱり、これが一番怪しいか」
あたしたちは、かけ布のされた姿見と向き合った。
藍奈が引き出しを開ける。
ここに来たとき入れた封筒が、そのままになっていた。
「ん?」
「どうしました」
なんだろうか、わずかな違和感。
髪の毛と爪と、自筆の名前が収められた封筒。
えっと。
「なんだか、数が合わないような気がしない?」
「少ないと言うことですか? あの女が抜き取っていったかもしれないという?」
「そうじゃなくて」
帳尻が、合っていない。
なぜだか、そんな気がした。
「
藍奈がかけ布に触れた。その刹那だった。
「――――」
わからない。
わからないが、酷く嫌な予感がした。
背中が
あたしは、反射的に藍奈の腕を掴んで止めていた。
目を見開く彼女。
僅かに揺れた布の合間から、鏡が。
真っ赤な、
強烈な、眼球の痛み。
『お ま え は 誰 だ ?』
激しくあたしを責め問う、何者かがいて――
§§
翌朝、またもヒステリックな悲鳴を聞きつけて、あたしたちは鏡の間へと駆けつけた。
そこには
そして――
――昨晩まであったはずの死体が、
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