第六話 七日目:謎の取引は姿見と
「誰が
怒っているのか、憎んでいるのか、悲しんでいるのか、笑っているのか……本人にも解っていない様子だった。
「夕子を返して……せめて
力なく
より正確に言うなれば、あたしは、彼女がなにを問題視しているのか理解できないでいた。
「なんで、なんであたしたちばっかり……夕子はなにも悪くないのに……あ……ああ……そう……? ひょっとして、そうなの……?」
のろのろと顔を上げた歩美さんが。
ジットリとあたしたちを
「あんたたちに頼めば――この屋敷から出してもらえるのね?」
ぽつりと、そう口にした。
口に出した瞬間、彼女の感情は
「そうでしょう? そうなんでしょう? これは、なにか――そう! ドッキリで! あんたたちに泣きついたら、あたしも夕子みたいに外に出られる! そうなんでしょう!? いくらよ、いくら払えば外に出して――」
「――貴様、さっきからなにを
彼女の言葉を
藍奈が、困惑の言葉を投げる。
「夕子とは、誰ですか?」
え?
「え?」
あたしと歩美さんの言葉が重なった。
藍奈だけが首をかしげている。
「誰って。夕子は、夕子で……えっと、ゆう、こは――」
まずい。
なにかとてつもなくヤバいことが起きている。
そう感じ取ったあたしは、藍奈へ耳打ちし、
「藍奈、この屋敷に、あたしたちは何人で来た?」
「……おかしな事を聞きますね、おまえは? 決まっているでしょう」
彼女は
「私たちは、初めから三人で来たではありませんか」
ゾッとした。
背中が
心霊バイトをやってきて、初めて本心からの恐怖を感じた。
右を見る。
赤い。
左を見る。
赤い。
前を、後ろを、上を、下を
――赤い。
ここは赤い部屋。赤だけが
ああ、そうか。
「赤い部屋だから、気がつかなかったんだ。この屋敷の中では――」
〝赤〟の中では、赤色を
§§
なんとか落ち着きを取り戻した歩美さんを、部屋へと送る。
「あれは
それでも、下手なことをされるよりは、よっぽどいい。
たぶん、彼女は限界なのだ、いろんなものが。
そうして、このままだといずれ、あたしたちもあのようになるだろう。
そうだ。周りから見ればあたしも、きっと本調子じゃない。
普段からすると、別人のような言動をとっているはずだ。
藍奈が口にした
「藍奈、この現象が赤い部屋じゃないっていうのは、本当?」
「珍しく気にするではないですか。
「似たようなヤバい話とか、無い?」
「
ふーむ。
解っていることは、案外少ないな。
名前が大事な意味を
類感呪術に、感染呪術、命名法。
……ふと携帯を見る。
時刻は深夜。
こうやって考え事をしている間にも、夜が来ている。
この家の中では、時の流れすら違うように思える。
携帯の時計機能と腹の虫だけが、時間の経過を伝えてくる。
まるで
「――そうか。似てるんだ、この場所。
「なんです?」
「繋がってるんだよ、ここと、どっかが。だから、認識できないんだ。違う世界なんだから、認知が
「……?」
「藍奈。名前は呪いだって言ったよね。じゃあ、名前がわからないものは、どうするの?」
「
「だったらさ。名前のないものに、新しい名前を押しつけることって、できる?」
「
それしかないだろうと頷いたとき。
物音が、聞こえた。
ふたりしてすぐに部屋を出る。
音をたどると、そこはやはり鏡の間。
中の様子をうかがえば、歩美さんが
割れたガラスの上に直接座っているものだから、足は傷だらけ、血まみれで赤く。
ああ……あの場所は、昨日まで死体があった場所だ。
「
不穏な言葉を聞いて、一歩踏み出そうとした。
けれど身体が、動かない?
目だけで横を見れば、藍奈もまた身動きを
「それから心臓を取り出せば、夕子を返してくれるのね?」
歩美さんは青ざめた顔で、
夕子さん。
彼女のことを、覚えているものは、もう――
「……待って」
ピタリと、歩美さんが動きを止めた。
「誰かに、見られているわ」
「――――ッ」
息を
彼女の眼球は、そこになかった。
眼鏡の奥には、ただ黒々としたふたつの
歩美さんが弾かれたように立ち上がり、姿見へと駆け寄る。
彼女は、かけ布へと手をかけて。
そうして――あたしは
ほんの一刹那、まくれ上がったかけ布の下にある鏡面を。
その中に宿る〝ナニモノ〟かと、視線が、合った。
『お ま え は だ れ だ ?』
「がっ!?」
藍奈は動けない。
歩美さんはさらに鏡面を露出させようとしている。
このままでは取り返しが付かないことになるという確信。
動け。
動け。
動け、あたしの身体……!
『お ま え は だ れ だ ?』
『だ れ だ ?』
『お ま え は』
『ほ ん と う に
「――いまはニッカポッカだ、馬鹿野郎!」
なにが
奥歯を割れんばかりに噛みしめて、
目標、鏡の間。
目標、姿見。
歩美さんを突き飛ばし、残った
回し蹴り!
安全靴の先端が、たしかに〝ナニカ〟を割り砕く音を聞いた。
けれど
「――形而疆界学による再定義。〝
藍奈の呪文めいた
そして。
そして、あたしは――いつものように、気絶した。
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