第三話 お焚き上げは加速する

 〝くねくね〟を目撃した翌日。

 その日をさかいに、燃やす人形の量が倍となった。

 初日は二体、翌日は四体、昨日は八体、今朝は――十六体。


 加速度的に、おげされる人形の量は増えていく。

 それがもとから予定されていたものなのかどうかは、判断がつかない。

 綾釣あやつりさんも教えてくれない。


 ただ、舟形の祭壇を作る材木が尽きたらしく、今日からは別の仕事が追加された。

 村にある家屋を解体して、それを船の代わりにするというのだ。

 取り壊し作業は、村人総出で行われた。

 ……尋常では無いと思った。


「ニッカポッカ」


 額の汗を手ぬぐいできながら、藍奈あいながあたしを呼ぶ。

 小さく頷きを返して、綾釣さんに休憩を申し出る。


「ええ、もちろん構いませんですな。おふたりはよく働いてくださいますし……そうそう、お弁当を用意していますから、お昼休憩に入ってくださいな」


 老人は嫌な顔をひとつせず、お弁当入りの袋包みと一緒に、笑顔であたしたちを送り出してくれた。

 丁寧にお礼を述べて、山の方へと足を伸ばす。


「ここならば、耳目じもくを気にする必要もないでしょう」


 森に踏み入り、例の大岩を見上げられるあたりにさしかかったところで、藍奈が言った。


「おまえ、気づいていましたか」

「どれのこと?」

「人数」


 彼女の言葉に、すこし迷ってから首肯しゅこうした。


ってたね、村の人たち」


 この祭りが、彼らにとってどんな意味を持つかは不明だ。

 初日から全員が参加していたのだから、大切ではあるのだろう。

 しかし……今日の参加者は、初日の半分ほどだった。


 寒村である。

 住人は、二百人より少ないとは聞いている。


「だとしても、少なかった。総出の儀式のはずなのに」

病欠びょうけつという可能性を考慮こうりょしますか?」

「考えはするよ。でも、そうじゃない気もする」


 参加していた住民たちは、みなどこかおかしかった。

 なんというか、動きがぎこちなかったのだ。


「機械が壊れたみたいだった」

「機械、ですか……ニッカポッカ、おまえはケータイを持っていますか?」

「……? そりゃあ、あるけど」


 ポケットから端末を取り出す。

 ずいぶん昔、定時連絡をしろと春原すのはらあねさんに買い与えられたものだ。

 もっとも、契約者はあたしではないし。

 連絡の内容は、姐さんによる土産みやげ催促さいそくなのだが……


「そういえば、この村、電波入るんだよね」

「……それで」


 それで、とは?

 首をかしげると、藍奈は重たい息をついてみせる。

 可憐な口唇こうしんが、状況を端的たんてきに告げた。


「電波が通って、定時連絡が決められていて、それでおまえは、?」

「――――」


 とってない。

 本当に、一度も。

 


「私も同じです。この村にいると、世俗せぞくを忘れてしまう。この村がすべてのように思えてくる。それが、しきことかきことか、判別がつかないほどに。形而疆界学けいじきょうかいがくでいうところの、認識汚染にんしきおせん……じているのですよ、ここは」

「っ」


 近くのしげみが揺れる。

 気づくのが遅れた。戸惑って思考が停止していたせいだ。

 ほとんど本能的に拳を握って、一歩進み出る。


 また〝くねくね〟が現れたのかもしれない。

 そう思い、身構えた。


 大きく揺れる草木。

 ゴクリと、自分の喉が鳴って。


「……うりぼう、ですか?」

「……うりぼう、だね」


 拍子抜ひょうしぬけした。

 現れたのは、いのししの幼体。

 数匹のうりぼうが、次々に茂みから飛び出し、こちらを見詰め、「ぶぎゃー、ぶぎゃー」と鳴き声を上げた。


「なんと。あいらしい……」

「すげー美味おいしそう……」

「ん?」

「ん?」


 互いの見解けんかい相違そういを認め、あたしと藍奈は顔を見合わせる。その間にも、うりぼうたちは増えていく。

 いや、うりぼうだけではない。気がつけば周囲には、小鳥やリス、たぬきなどまでが集まってきていた。


「ニッカポッカ、ニッカポッカ。なにかえさをやりましょう。こんな間近まぢかで動物が見られるとは、実に佳きです!」


 表情こそ変わらないものの、ポンコツ巫女はウキウキと身体を揺らす。

 たしかに、人を警戒するはずの野生動物がこれほど近くに寄ってくるなど、普通では考えられない。


 本当に生き物かと。

 生き物にしても認識が、本能が汚染されるか、壊れているのではないかと疑いたくなるぐらいに。


「餌、餌か……あー、これとか?」


 あたしは、綾釣さんが渡してくれた袋包みをほどいていく。

 中から現れたのは、無骨ぶこつで銀色な、ドカベン! という感じのお弁当箱で。


「おまえ、早くしなさい」

「いまあける、よ――?」

「なんですか――え?」


 あたしたちは、そろって首をかしげることになった。

 なぜならお弁当箱の中には。


「……ナマ?」


 ぎっしりと、が詰まっていたのだから。

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