第四話 夢のお告げをもとに、真実へと迫る

 緋色ひいろの鳥が、あたしをくわえて飛んでいた。

 眼下には、見渡す限りの大海原おおうなばら

 広大で、広漠こうばくな、どこまでも広がる海。潮騒しおさいと、海水の匂いだけが、ただただ強く。


 その波間なみまに、いまにも飲まれてしまいそうな小舟が一艘いっそう


 箱のような外見の、四方に赤い鳥居とりいが取り付けられた和船わせん

 閉ざされた内側からは、か細い声が。

 かすれきってすぐにも途絶えてしまいそうな念仏が、長く、かすかに響いていて。


『彼らは極楽に至りたかった。けれど行き着いた果ては、地獄だったのね。これは、たったそれだけの話よ』


 〝うつくしい〟言葉とともに。

 鳥が、あたしを噛みつぶした。


 目が、める。



§§



補陀落ふだらく渡海とかいでしょう、それは」


 始業前のわずかな時間。

 藍奈に夢の話をすると、聞き慣れない言葉を返された。


即身仏そくしんぶつは解りますか、おまえ」


 なんとなく知っている。

 お坊さんが絶食して、ミイラになるやつ……だったはずだ。


雑把ざっぱ。おまえはなにもかもが大味。花椒かしょうとは言いません、せめて小粒でもピリリと辛い山椒さんしょうを見習いなさい。いいですか、現世げんせでの修行に見切りをつけ、来世たる極楽で悟りを得るべくして最後の瞬間まで祈り続けるぎょうがあります。補陀落渡海ふだらくとかいは、これを無理矢理に行うものです」

「無理矢理……」

楽土らくど浄土じょうど、ここではないどこか……そういうものが、昔は海の向こうにあると信じられていました。だから、船に乗って祈り続ければ、きっと極楽へたどり着けると先人せんじんは考えたわけです」


 ゆえに最低限の食料と、船ともいえない粗末そまつな設備にお坊さんを乗せて、海へと流す風習があったのだという。


「いわゆる荒行あらぎょうの類いです。決して生きては帰れない不退転ふたいてん。ともがらは信仰心だけで、絶対に内側からは開かない箱へと押し込まれる」


 それは、それこそが地獄ではないのだろうか。

 孤独で、苦しくて、最悪なものではないだろうか。


 いや……信仰心が、信念さえあれば、そんな地獄でも、最高の門出かどでとなるのだろうか?

 お坊さんは、最後の瞬間まで、生きたと実感があっただろうか。


「本人のみぞ知るところでしょう、それは。おまえの夢に出てきた船には、四つの鳥居がついていたのでしょう? ならば間違いないはずです。これらは発心門はっしんもん修行門しゅぎょうもん菩提門ぼだいもん涅槃門ねはんもんと名称があるのですが、いずれも――」


 そこで、はたと彼女は喋るのをやめた。

 あれだけ蘊蓄うんちくを垂れ流すことを好む藍奈が黙った。

 そうして、顎へと手を当て、遠くを見やる。

 その方向にあるのは、この村を取り囲むように存在する、大岩で。


「……これは、まさか、〝葬儀そうぎ〟ですか?」


 やがて彼女は、困惑しきった声音で、そうつぶやいた。



§§



『ぽーたらか、ぽーたらか――いきてくまののみさきにいたりて、ついにとこよのくににいでましぬ――ぽーたらか、ぽーたらか――』


 数え切れないほど増えた祭壇さいだんの周りで。

 逆に数を減らした村人たちが、声を張って奇妙な文言もんごんを唱え続ける。


 人形は多すぎて、一度では燃やし尽くせないところまで来ていた。


「では、投げ入れてください。出来れば、丁寧にお願いしますな」


 綾釣さんの命令。

 けれど、躊躇ちゅうちょが腕を重くする。

 藍奈が示した〝説〟が本当なら、この人形たちは……


「悪しき。なまけるつもりですか」

「藍奈」

「貸しなさい。こうやるのです」


 言うなり、彼女はあたしの手から人形を奪い取って、炎の中へと投げ入れた。

 ばっと火の粉が舞って、炎が燃えさかり、呪文の声量が増す。


 あたしは、人形が燃えていくのを見詰める。炎の中で身をくねらせる人形を見続ける。

 あれから〝くねくね〟とは出遭であっていない。けれど、遠くの山間で、何度か白い影を見たようにも思う。


 ――きっと、時間が無いのだ。


「ニッカポッカ」


 藍奈が無表情に、声からまで温度を消して、言った。


「真実がどうあれ、私たちの仕事は変わりません。おまえががたいのは解っていますから、出来ることをやりなさい。私も、私が出来ることをします」

「……うん」


 彼女に気をつかわれたのが、なんだかくやしかった。

 これじゃあ胸を張れないと思えた。

 頷いて、決意を固める。


 このあとは、また祭壇を組む仕事がある。

 だから、夜だ。

 夜――



 綾釣さんと、話をしよう。

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