第二章 〝くねくね〟人形供養

第一話 一日一体、人形を祭壇でお焚き上げ

 赤々と祭壇さいだんが燃えている。

 村の中央、広場に積み上げられたまきの中。

 船の形をした祭壇が、炎の海へ沈んでいく。


 遠巻きに祭壇をながめる村人たちが、奇妙な文句を、声を張り上げてとなえていた。



『ぽーたらか、ぽーたらか――いきてくまののみさきにいたりて、ついにとこよのくににいでましぬ――ぽーたらか、ぽーたらか――』



 祭壇ふねのなかにすわっているのは、一抱ひとかかえもある人形だった。

 結跏趺坐けっかふざをした和装わそうの人形で、今日は男性をしていた。


「昨日は女人形でしたか。どちらも私の美貌びぼうにはおとりますが……き、佳き造形ぞうけいです。ゆえに、もったいなくも感じますね」


 などと、一丁前の審美眼しんびがんを披露するパチモン巫女。

 たわむれにどういう人形なのかたずねてみれば、「話す義理はありませんが?」と言葉をにごすので、どうせいつもの知ったかぶりだろう。

 こいつは、種類とかゼンゼン知らないのに、解ったような口を利くのがめちゃくちゃうまいのだ。わかるのは怪異かいいのことだけ。


「はぁ、しき。これだから学のないおまえは悪しき。いいですかニッカポッカ」

「なんだよぉ」

「ああいうものは、高値ぷれみあで売れます」

「…………」


 意地汚い守銭奴しゅせんどがここにいた。


「悪しき。おきれいに居直いなって、おまえとて金には苦労しているでしょう」

「それはそう。こんだけ。返さなきゃいけないからね」


 ぴしりと指を一本立ててみせれば、我が意を得たりと砥上とがみ藍奈あいなは頷いた。

 結局のところ、あたしも同じ穴のむじななのだ。


架城かじょうさん、砥上さん。そろそろ終わりにしましょうか」


 そうやって中身のない会話をしていると、背後から声をかけられた。


綾釣あやつりさん」


 雇用主こようぬしのおじいちゃんがそこに立っていた。

 あたしたちの泊まるところや、ご飯の用意までしてくれている禿頭とくとうの老人が、穏やかな笑みを浮かべていた。

 ずいぶんと痩せこけているのに、背筋は糸で吊ったようピンとしており、まるでお坊さんのような印象を受ける。


「ほら、もう燃え尽きますよ」


 彼が指さした先を見ると、確かに祭壇が燃え落ちるところだった。


「ん」


 炎の中に消え行く人形が、陽炎かげろうの関係か、と身をよじらせたように思えて、目をこする。

 けれど。


「お疲れ様です。今日の仕事は終わりです。夕飯までは、ゆっくりしていってください」


 綾釣さんから終業おわりの挨拶を受けたときには、もう違和感を忘れていた。



§§



 限界集落の寒村かんそんで、毎日祭壇を作って人形をおげしろ。

 それが今回のバイト内容だった。


「まあ、それはいいんだけどさ。なんで藍奈とセットでこき使われるんだろう? あたし、藍奈以外に心霊バイトやってるひと知らないんだけど……」

「それは不平不満ですか。それとも純粋な疑問ですか。前者ならおまえ、今度寿司をおごりなさい。四川しせん料理のフルコースでもよいです」

「ペナルティーの主導権が藍奈にあるのおかしいと思うなー! 寿司なんて回る方ですら五年は食べてない」


 いつぞや、最高のパートナーなどと勢いで口走ったことを後悔しつつ。

 夕飯まで、とくにやることもないあたしたちは、風光明媚ふうこうめいび――という名のど田舎を、当てもなく散策していた。


 すでにこの村にやってきて、四日ほどがっていた。


「田舎の臭いというのは、慣れないものですね」

「独特なものがあるよね。肥料の臭いだったり、家畜の臭いだったり、あとは……ほら、畑の近くには肥だめもあるし」

野壺こえだめですか、それも肥料には違いないでしょう。はたをしていないだけしっかりしているとも言えます」


 相も変わらず感情が読めない顔で、ゆろゆると首を振る藍奈。

 焼き畑ね。


「そういえば、人形を毎日一体ずつしか焼かないけど、なんか理由があると思う?」

「儀式としては珍しくもないでしょう。定められた期間は続ける、それだけでは?」

「……じゃあ、あとどのくらい、あたしらはこの村に滞在たいざいするんだろうね」

「…………」


 黙りこくる藍奈。

 それもそのはずで、今回のバイト、期限が切られていない。

 雇用主である綾釣さんは「たいだけ居てくれれば助かりますな」などとおっしゃっているが、無期限のバイトというのも、それはそれでキナ臭い。


「給料は日数分出す、だったよね」

「一日あたり六十万ですよ。このさびれた村のどこにそれだけの予算があるのか。気にはなります」

「地域振興費とかじゃないの?」

「おまえは本当にアンポンタンですね。この村に、村おこしをするほどのものがありますか?」


 ずいぶん失礼な物言いだったが、正鵠せいこくていた。

 人形のお焚き上げが観光の目玉――なんて有り得ないだろう

 なにせ、そんな奇祭きさいが開催されているというのに、村人以外は誰も――あたしたち以外には本当に何者も、この村へはやってきていないのだから。


「もっとも、見るべきもの自体はありますよ。たとえば」


 藍奈が、前方を指さした。

 村の入り口にある、赤い鳥居とりいだった。


「この村には寺社仏閣じしゃぶっかくたぐいがありません。が、あのように鳥居はあります。これは不可思議でしょう」

「興味がある?」

「巫女なので」

「パチモンじゃん」

「巫女に資格など要らないので! 姉上ですら神社には所属していなかったので!」


 強弁きょうべんして言い切り、彼女は話題を変えてしまう。


「他にもあります。たとえば、村の周囲の植生しょくせいが興味深いです。里山ではなく、人の手の入っていない山野さんのですね」

「そうかな」


 あたしは、道ばたに生えていた草を茎ごとちぎって、口に入れる。

 シャキッという歯ごたえと、それなりの酸味が広がった。


酸葉イタドリ。これはさ、人里にあるものでしょ。まったく人の手が入ってないわけじゃない」

「……無駄に詳しいですね、おまえ」

「食べられる草とヤバい草だけは解る。いまなら見れば〝青い〟からよりわかりやすい」

「青い……そういえば〝ひとりばこ〟の一件からこっち、おまえは、やたらとものを色に例えますね? まるで姉上のようです」

「藍奈のお姉さんも、そうだったの?」


 厳密には違いますが……と、なんだか弱々しく言葉を濁して。

 彼女はあたしの左目をじっと見る。


「虹色では、ありました」

「ふーん……食べる?」

「いりません」


 酸葉を差し出すと、藍奈は無表情で押し返してきた。

 そうして、ペロリと上唇を舐める。


「さて、話の腰を折られましたが、おまえの言うことも解ります。たとえば……四方にある山は、どれも中腹から大岩が突き出しているでしょう? 立派なきものですから、世が世ならば神奈備かんなびとして扱われていたでしょうね」


 神奈備とは?


「巨石などを神のしろとしたものです。わかりやすく目立つものを、カミサマに見立てたと言ってもいいでしょうか。ご神木、霊石、山岳信仰さんがくしんこう……この辺りを引き合いに出せば、おまえのおつむでも理解できるのでは?」

「あー、なるほどー」

「しかし、これには違和感があります。形而疆界学けいじきょうかいがく的には……なんというか、ひどく人工物臭いというか」

「人工物?」


 まさかこの巫女、山の上に誰かが岩を運んだなどというつもりだろうか。

 だとしたら、いくらなんでも突飛とっぴが過ぎる。

 妄言である。


「悪しき。おまえの想像力が貧困なのがいけないのです。げんに、天狗てんぐや神、巨人が岩を運ぶというような話は全国にあって――」


 彼女がまたぞろ、くどくどしい蘊蓄うんちくを披露しようとした。

 そのときだった。


「――っ」


 急に、左目が強く痛んだ。

 ひとりばこの一件で、あたしの全身は健康体になっていた。

 だが、この目――白虹眼はっこうがんだけは、ときおり無作為むさくいな痛みを引き起こすのだ。

 そうして、そういうときは決まって。


「藍奈」


 あたしは小さくうなり、巨石きょせきを指さす。

 ありもしない太陽が西に沈むとき、村の四方にある大岩が〝赤く〟輝いていた。

 そうして、大岩の根元ではくねくねと、くねくねと、ナニカが――遠すぎて判然はんぜんとしないが、明らかに異常なナニカが、うごめいているのだった。


「……ニッカポッカ。どうやら今回も、それなりのやくネタのようですね」


 危機感地能力だけは異様に高い藍奈が。

 何故かこのとき――悪しきとは言わなかった。

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