第六話 さらばパチモン巫女、また会う日まで!

「――最っ悪だっ!」


 寝覚めの悪い夢を見て跳ね起きた。

 なんか悪魔の毒毒血みどろ地獄ツアーみたいな夢だったはずなのだけど、往々おうおうにしてそうあるように、内容をよく覚えていなかった。


「というか……あれ?」


 なにか、奇妙な違和感。

 どこか茫洋ぼうようとした頭で周囲を見渡せば、覚えのある調度品ちょうどひんと、天井の模様。

 ここは、ひょっとして……


「おー、目ぇ覚ましたか。悪運がつえーなぁ、おまえはよぉー」


 正面のソファに、女性が大きく足を開いて腰掛けていた。

 彼女はニヤニヤと笑みを浮かべ、愉快そうに手を叩いてみせる。

 気のない拍手だった。


春原すのはらあねさん……」

おうよ、アタシだぜ」


 頭の先からつま先まで、悪趣味な黄色いスーツで着飾った、黒眼鏡サングラスの女性。

 友好的な態度程度ではおおい隠せない、けんの強さが物語るのは、彼女がではないと言うこと。

 つまり、ここは。


「春原組の事務所?」

「ご名答めいとう。よく生きて帰ってこれたな、おかげでこっちも飯の種に困らねぇ。つーかおまえ、行ったときより元気になってるじゃあねーか」

「え?」


 その言葉で、あたしはようやく違和感の正体に気がついた。

 視野が、広いのだ。

 反射的に左手を顔の横に持ってくる。

 ……見える。


「目が、治ってる?」

「目だけじゃねーよ。闇医者にせたら、臓器まで完治してた。おめっとさん。おまえさんは健康体だ」

「健康……」

「あと、虹になったな。白虹はっこうだ」

「は?」


 意味がわからないと首をかしげれば、姐さんはこじゃれたコンパクトを差し出してくれる。

 見れば、あたしの左目が虹色になっていた。

 なんで!?


「これじゃあ売りもんにならねぇなぁー」

「…………」


 思い当たる節は……ある。

 夢の中で見た、あの〝うつくしい〟色彩が、確か虹色で。


「太陽にかる虹を、白虹はっこうという」


 姐さんが、突然そんなことを口にした。


 架城日華という名前と。

 虹色の瞳で。

 〝白虹眼はっこうがん〟だと、姐さんは言う。


「どうだ、学があるだろう、アタシは?」

「…………」

いぶかしがるなよ。昔、同じ目をしたやつとつるんでただけさ。ま、そうなった理由は聞かねーよ。聞かねーけどさ――拾った奇跡だ。大事に使いな」

「…………」


 呆然とする。

 なぜ、こんなことになっているのか、記憶をたどる。

 あたしは確か、拳銃で撃たれて、そして。

 そして――


「藍奈は!?」

「あン?」

「仕事仲間だった巫女は、彼女はいったいっ」

「……さぁね」


 心霊バイトについては、オーナーとの取り決めで口出し無用だからと、彼女は肩をすくめてみせた。


「そっか……」


 露骨ろこつに、あたしが悄気しょげかえってしまったからだろう。

 姐さんは口をへの字に曲げて。


「まあ、生きてはいるんじゃねーか」


 気休めのように、そう言ってくれた。

 しばしの沈黙。

 ただよいそうになった重たい空気を破壊するように、姐さんは黒眼鏡をギラリと輝かせ、獰猛に笑う。


「そんなツラすんなって。ほらよ。これはおまえさんの取り分だ」


 投げつけられたのは、やけに分厚い茶封筒ちゃぶうとう


九割九分きゅうわりきゅうぶは、こっちで抜いたぜ。とりあえず残りで、飯でも食ってこいよ。それから仕事だ。休めるなんて思うなよ」

「ドーモ……」

「はン」


 とても中を確認する気になれず封筒をもてあそんでいると、鼻で笑われた。

 そうして姐さんは、あたしから興味を無くしたらしく、テレビのスイッチを入れる。


 昼時だったのか、ニュース番組が流れはじめた。

 あたしは、無気力に画面をながめ。


 ――絶句ぜっくした。


『――隣県りんけんS市が、一夜にして壊滅かいめつしました。当局とうきょく一刻いっこくも早い事態の究明きゅうめいを約束しましたが、すでに捜査機構がパンクしていることは周知の事実であり、また治安維持が壊滅的かいめつてきな打撃を被ったことを受け、政府は自衛隊の投入も視野に入れている模様です。繰り返します、二百万人都市〝S市〟から、一夜にしてあらゆる人間が消失するという事件が発生しました。現場には人体と思われる肉片が散乱さんらんし、都市の中央には巨大な〝箱〟状の物体が鎮座ちんざしており、政府は――』


 画面に映る都市の、その中央にそびえている物体から、あたしは目をそらすことが出来なかった。

 それは、まぎれもない。

 あの――〝ひとりばこ〟で。


 ……きっと、あたしだけが知覚できていた。

 変わってしまったこの目だから解った。

 肥大しきった箱の中に――みっしりと、人間が隙間無く詰まっていることを。


「マジ最悪だな……」

「おい。おい寝るんじゃねぇ。次の仕事が待ってんだぞ、架城かじょう日華にっか! 起きろ! 起きて働け!」


 恩義おんぎある姐さんの声がどこまでも遠く聞こえるほど。

 あたしは、どうしようもない虚無感きょむかんに支配されていた。



§§



 結局、藍奈がどうなったのかは解らなかった。

 彼女の安否とは別に、生き延びてしまった以上、あたしは借金は返済しなくてはならない。

 だから危険なバイトを続けていた。

 そうして、めぐめぐって、再び心霊バイトの厄介やっかいになる日がやってきた。


「おやぁ、以前もいらっしゃいましたねぇ。リピーターは珍しいんですよぉ」


 受付の中年男性が、ほがらかな笑顔で歓迎してくれる。

 また書類を作成していると、彼は小さな紙片を押しつけてきた。


『命を無駄にするな 次はない』


 顔を上げれば、やはりニコニコと彼は笑っていた。


「こちらの住所をたずねてくださぁい。オーナーが所有する喫茶店でして、そこにぃ、一目で仕事仲間だとわかる方が居ますぅ。二度目ですからぁ、あなたからもアドバイスをしてあげてくださいねぇ」


 言われるがまま、指定された喫茶店へと向かう。


「はぁ」


 ため息とともに、太陽のない空を見上げ、物思いにふける。


 いまだ山ほどある借金の、返済めどはついていない。

 また臓器を売ればいいかと考えていたら、姐さんには怒鳴りつけられた。理不尽だった。


 でっかく稼げる心霊バイトは悪くない。

 けれど、同時に恐ろしくもあった。


 巫女は消息不明しょうそくふめいで、あたしだって、次も生き延びられるかは解らない。

 心が死にかけていた頃ならなんと思わなかったのに、あの巫女とほんの数時間旅をして、あたしはすっかり己の在り方を取り戻してしまっていた。


 胸を張って生きていたい。

 やりたいことを、完遂したい。

 このバイトは、それを許してくれるだろうか?


「……ん」


 いくつかの詮無せんなきことを考えていると、目的地が見えてきた。

 喫茶〝人間椅子〟。

 店名の奇抜さとは大違いな、アンティーク調ちょうの扉を押し開く。

 ウェルカムベルが、ひかえめに鳴って。


「――しき。相変わらず、しけた面をしていますね、ニッカポッカ?」


 目をみはった。

 驚いた。

 びっくりした。

 だって、だってそこには――


「……ひとつ、謝らなければならないことがあります。回復してすぐに安否あんぴを連絡したかったのですが、いろいろと立て込んでいまして。というか、携帯番号を教えていなかったおまえにも問題があると思うのですが、これは悪しきかどうか迷うところで」


 相変わらずの長広舌ちょうこうぜつ

 激安量販店で売っていそうな、安っぽいサテン地の巫女服を身につけて。

 無表情にこちらを見詰めてくる色白いろじろは。

 それでもどこかうれしそうに、こう言った。


「それにしてもき。おまえ、よくぞ生きていてくれましたね?」

藍奈あいな……!」


 あたしは、気がつけば彼女の手を取っていた。

 ゆっくりと、巫女もまた握り返してくれる。


 なにがあったのかなんて、どうでもよかった。

 ただ、彼女を助けられたのだという事実が、あたしに生きるかてをくれた。

 今日を生きる意味をくれた。


「感動の対面ですからね、もる話もありますが、しかし」


 砥上とがみ藍奈あいなが。

 パチモンじみた格好の巫女が、告げる。


「さっそく心霊バイトの時間とまいりましょう。今回の仕事は、心霊スポットの爆破解体です」

「問題ないね。だってあたしと藍奈は、最っ高のパートナーだから!」

「悪しき、そのような事実はありません。ああ、いや」


 彼女は、そっとそでで口元を隠して、なんだかはにかむようにして、こう言った。



わるくはない、気持ちかも知れませんが」

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