岩場と浮き輪



 息子が泣きじゃくっている。てのひらがざっくりえぐれてしまったせいだ。傷周りの砂粒を慎重に取り除き、リュックに入っていた消毒液を噴きかけ大きな絆創膏を貼る。それでも息子は泣き止まない。さっきまで放そうとしなかった浮き輪へ目もくれず、ただただ自分の苦痛を訴えるだけ。


「だから岩場は気をつけろって言っただろ」

「だってえ」

 俺と息子は二人で近所の海水浴場に遊びに来ていて、俺が泳ぎながら彼の乗る浮き輪を引っ張っていた。そこで、岩場があるところに差し掛かったさいに息子がカニさんがいる! と暴れてこうなってしまったのだ。


 だから海はあの子にはまだ早いって言ったのに。家で待つ妻にそう言われる未来が浮かぶ。じゃあどうすればよかったのだろう。長引く感染症のせいで夏らしいことが何もできていない息子を、ずっと家に閉じ込めておくのが正しかったのだろうか。


 足にひりつく痛みを覚える。いつの間にか岩で擦ったらしく、ふくらはぎから勢いよく出血していた。もちろん泣くことはない。もう、浮き輪の側ではなくなってしまった。



(お題……海)






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