ぜんぶ叶った



 大学まで行かせたのに引きこもりになってしまった娘が突然「私ハムスターになる」と言い出し埒が明かないので殴った。

「冗談を言ってる場合か。ふざけるんじゃない」

「覚えてないの。私の夢だったのに」

 床に倒れた娘が、小さな紙を手渡してくる。幼稚園でもらう誕生日カードらしきそれには、将来の夢欄に曲がった字で『ハムスター』と書いてあった。


「でもいいよ。形はどうあれ私のことを殴ってくれたから。それが条件だったの。ありがとう。後でああだこうだ言っても知らないからね」


 そう言うと彼女は丸められた紙のようにちぢみ、あっという間に灰色のハムスターに姿を変えた。

「おい、なにか言え。逃げるな!」

「あなた、何してるの! 」

 部屋に入ってきた妻が娘のいた場所に駆け寄り、名前を繰り返し呼んでいる。いつの間にか握っていた灰皿を投げ捨て、私は床で鼻をひくつかせているハムスターを拾い上げた。娘はここにいるのに、妻はわけのわからないことばかり言っている。てのひらの毛玉をそっと握り込むと、震えと共にぬくもりがどろっとこぼれる。




(お題……夢)




 

 

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