メイブルースの少女
青瀬五月
第1話「5月7日」
私が通う県立高校は、私が住んでいるアパートの目の前にある。県内有数の進学校であるこの高校に私が入学できたのは、ひとえにこの目の前にある高校に入学することで朝7時半までの睡眠を手に入れてやるという執念の賜物であり、合格発表の日に自分の受験番号を4階のベランダから双眼鏡を覗き込んで見つけた時はこれから始まるハイスクール惰眠ライフに思いを馳せそれはそれは感慨深い気持ちになったものである。
今日は5月7日。月曜日。ゴールデンウィーク明けの気怠さと入学して一ヶ月が経ち襲ってきた五月病チックな感情のせいで、布団から這い出すのが億劫であったがどうせ起きないと母親から叱責と折檻のお仕置きスペシャルを受けることになるので、私は諦めてまぶたをこすりこすり布団から這い出て眼鏡をかけた。
目覚まし時計を確認する。午前7時23分。
アラームをセットしたのが午前7時30分なので、勝手に鳴り出さないようにオフにした後、自分の部屋を出た。
リビングには母親がいて、テーブルには2人分の朝食が並べてあった。私と妹の分だ。父親はもう家を出ているらしい。妹はまだ起きていないようだった。
「藍、おはよう。葵を起こしてきて。」
「おはようお母さん。いいけど、起きなかったら諦めるよ。」
私は妹の部屋のドアを開けた。
妹はベッドの上で布団を蹴飛ばしてすやすや眠っていた。ベットにはスマートフォンが転がっていた。私はスマートフォンを手に取り画面を操作しようとし、暗証番号を求められたのでとりあえず0815と入力した。解除。誕生日とは、我ながら単純な妹である。アラーム機能を確認すると午前7時と午前7時10分に設定された痕跡があって、どうやら二度寝を見こしていたようだが、二度とも睡魔に負けて止めてしまったようである。さてどうして起こしてやるかと思案し、ほっぺをぷにぷにつついてみるという私らしくも無いかわいらしい起こし方を試みたが、この愚妹はよだれを垂らしていやがったため、私の指先は妹の唾液でベトベトになり、なけなしの優しさは消え去った。私は、布団で妹をバンバン叩いた。
「……っん。…な、何…。な、何すんのさ!?」
「朝だよ、葵。遅刻するから早く起きて」
雑な起こされ方をされた妹は心外とばかりに抗議の意を唱えていたが、「母親から起こしてこいという命をうけている。」という無敵の大義名分を楯に、私は余分に布団で妹をバンバン叩いて、唾液を妹のパジャマになすりつけた。
「もう7時半だよ。髪とか整えたりするんでしょ。間に合わなくなるよ。」
「え、え、もう7時半!?私の二度寝大作戦は!?」
「知らんわ。」
どうやら妹は、二度寝の背徳的快楽を得ようとわざとアラームを2度セットしていたらしい。
まあ、気持ちはわからないでもないが、その結果寝過ごしたあげく私に強制起床させられているのだから、まだまだ二度寝に対して執念が足りないといわざるを得ない。
妹はベットから飛び起き、「やばーっ」と言いながら、慌てて部屋を出てリビングを抜け洗面所へ駆けていった。わたしも続いてのそのそ洗面所に向かった。
顔を洗って、リビングでテレビを見ながらぼちぼち朝食を食べる。妹はその間に、朝食、着替えをはや済ませ、今は髪をセットするのにいそしんでいる。どうせ中学校までは自転車で行くので、髪はぼさぼさになるのにと私が言うと、妹は、「ヘルメットでガードするから大丈夫!風を!」と宣ってニっと笑い、鏡の前で分け目がどうとかうんうん唸る作業に戻った。
朝ドラが始まる時間になって、私はそろそろ着替え始めるかと皿を片し始め、妹はもうタイムアップと言わんばかりに駆け足で家を出て行った。出る間際「うっ…」といううめき声が聞こえた気がしたので、こいつまさか急いで食べたせいで通学路にゲロをぶちまけたりしないだろうなと少し不安になったが、どうしようもないので聞かなかったことにした。
テレビの中で主人公らしき女の子がトランペットを吹いているシーンを眺めながら着替えを済ませた私は、髪を後ろで適当に結んだ。さすがにこれくらいは身だしなみに気を使おうじゃないか。母親が掃除機をかけるからとっとと行けと言い出しそうなので、私はそそくさと家を出た。朝ドラが終わるちょうどの時間だった。
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