第2話 夕日の中のマイク
僕はしつこい前田にうんざりしながら答える。
「だから、いやだってば。そういうなんか目立つようなことはしたくない。わかるだろ」
「いやでもあの盛り上がり様……まるで数十年に一度の逸材がわが校に降臨された、みたいな。すごかったよ」
「いやいや新入生にはみんなああいう対応してんだろ、入部して欲しくて。部員も5人しかいないみたいだし。最低人数なんでしょ、5人が」
「でも、俺もいいと思ったけどなあ」
だーかーら! なんなんだこいつはさっきから! これだけ勧めておいて、自分は放送部なんて絶対入らないくせに。あれ、もしかして僕が同じ部活になるのを阻止しようとしてるのか? そうなのか、前田!
校舎に向かって右側、なかなか立派な部室棟がそびえたっている。何代か前の校長の時に現在の「全員絶対部活動」制度が始まったらしいが、そこから一気に部活の数が増えたため、部室棟も改築したようだ。
僕のイメージだと、運動部と文化部にある程度分かれて部室が配置されているものと思ったが、ここは違うらしい。バドミントン部の横に鳥類研究部、囲碁将棋部の横にラグビー部がある(これはさすがに囲碁将棋部がかわいそうじゃないか? ラグビー部なんてどう考えてもうるさそうだし、対局に集中できないだろ)。
だから順番に回ろうとすると、運動部・文化部関係なく結構色んな部活に遭遇するのだ。僕としては興味があるところだけ訪ねて、ないところは飛ばすつもりでいたのだが、前田は律義にもきちんと順番に回ろうとする。少しげんなりしながら僕は前田についていくがままだったんだけど、そこで、予想もしなかった展開になるのだった。
「アナウンス体験、してみませんか?」
時が止まったかのように、まあまあの時間、沈黙が続いた。
前田が何の躊躇もなく「放送部」とプレートが下げられた部屋へ入ろうとしたところから、こんな空気になることは予想がついていた。気づいたら時既に遅し、僕が止める間もなく、前田は中へシュンッと入っていってしまったのだ。長年のサッカー経験の賜物なのか、彼は動きのスピードが速くて、気づいたら隣にいたり、気づいたら数メートル先の猫と戯れたりしていることがよくある。まあ、前田がどうとか以前に、僕の反射神経が遅いというか周囲認知力的なものが低いのかもしれないけど。
中に入ると、3人の女子生徒たちが僕らを取り囲んでいた。目の前の3人は、ウルウルつやつやした瞳で僕たちに熱い眼差しを送っている。まるで僕たちが入部届を提出しに来たとでも言わんばかりの歓喜の熱量を感じる。
放送部は人数的には存続ギリギリなのだが、なくなってしまうと学校行事等で色々と困るポジションにいるため、何とか首の皮一枚で繋がってきたらしい。だからこそ、勧誘の気合というか、圧が凄まじい。3人とも僕より背が高いせいもあるかもしれない。その圧の中、僕らはアナウンス体験を勧められてしまったのだ。でも、こうなることは誰でも(前田だって)予想がつくはずだ。放送部の体験入部なんて、アナウンス体験以外他に何がある?
「体験入部週間の間、放課後自由に校内アナウンスしてもいいっていう許可がおりているんです。あなたたちが記念すべき最初のお客さんなので、是非、自由に、はりきってやっちゃってください!」
最初のお客さん……いやもう下校時刻ギリギリなんだけど。放送部なんて、一部の人からしたらすごく人気がありそうなんだけどなあ。そういうのに憧れる人絶対いると思うんだけど、イメージと現実はこうも違うものなのか?
前田の方をちらりと見ると、まっすぐ前方を見つめて微動だにしない。前田は時々こんな感じになる。何かめちゃくちゃ脳内で考えているのか、はたまた何も考えていないのか、真相は定かではない。というかこの空気何とかしろよ。こっちの同意もなく入室したの、そっちだろ。
「全然、恥ずかしがらなくていいですよ。今まで校内アナウンスってしたことありますか? これねえ、やっぱり一度経験しちゃうとやめられないんですよ。よく舞台役者とかで、一度ステージの上で照明の光を浴びると、もうその光なしでは生きていけなくなるとかなんとか、言うじゃないですか。それと一緒なんですねえ。自分の声が、スピーカーとかを通してその場全体に響き渡ってるのを聞くと、もう、ねえ。気持ちいいなんて簡単単純な言葉では表現しきれない、なんというか、アレなんですよねえ……あっ文章はもちろんこちらで用意してありますし、嚙んだりしても全然、無問題です! 私たちなんて普段から噛みまくってますし、」
さすが放送部。すごい喋るけど滑舌も良いから何を言ってるのか全部聞き取れる、聞き取れるけど……。
「あの、すみません。僕たちそういうのは……」
「やります」
また、時が一瞬止まった。
僕はその時、マンガでよくある目玉がまんまるに大きく飛び出しているみたいな顔になっていたと思う。前田が校内アナウンスをやるなんで想像ができなかった。前田……実はこういうのに興味があるのかな? 小学生の時からずっと一緒にいるけど、未だに彼の新たな一面に驚かせられることは少なくない。
前田に対する呆れとか、新たな興味とか、ちょっと怒りとかなんだかもう色んな感情がぐるぐるし出して、その後のことは正直あんまり記憶に残っていない。あの瞬間を除いて。
僕たちは、校内アナウンスをするために放送室に移動していた。
本来なら自由にアナウンスして良いということだったけど、説明を受けたり移動したりなんやかんやしているうちに本当に下校時刻になってしまい、日々放送部がアナウンスしているレギュラーの原稿を急いでやることになった。
何故か僕は大人しく、マイクの前に座っていた。前田ではなく僕がマイクの前にいる。なんで。下校時刻が迫り、放送部のお三方も焦りだす。前田は放送室の隅っこで腕を組んで僕たちを傍観している。なんで、こうなった。適当にやり過ごして早く帰りたかったのに。前田に振り回されることには慣れているし、自分で言うのもなんだけど僕は普段穏やかな方なのに……なんと言うか、イライラしていた。
気づいた時にはもう時計の針は18時ぴったりになっていて、すると同時に、あの聞きなれたチャイムのボタンが押されていた。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り終わり、僕が喋り出すまでの時間はほとんどなかったと思う。真っ赤な夕日の光が窓から差し込んでいて、眩しくて目があまり開けないし、渡された原稿もよく見えない。
周りが急にとても静かになった気がして、そのせいか僕の心臓の音がドクン、ドクンと低く聞こえだした。身体でも波打つのを感じている。これ、みんなに聞こえてないかな。恥ずかしいから聞こえていませんように。
そんなことを考えていたら(そんな時間、なかったはずなんだけど)急に不安になってきて、足元から崩れ落ちそうな感覚になる。怖い。僕にはやっぱりできません。でも、もうチャイムは鳴り終わったのだ。みんなが、僕の声を待っている。僕は意を決して、大きく息を吸い込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます