第3話 たったの8秒

「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう」




僕が読み終わった後、3拍程、無音の時間が流れた。ものすごく長く感じる。あれ、おかしいなと思いかけたところで、聞きなれた蛍の光のメロディーが流れ出した。部員の誰かが急いでまた別のスイッチを押したみたいだ。




とても短い、たった二つの文章だった。僕の仕事は終わったのだ。あっけなかった。今の、本当に校内に流れていたのだろうか? 放送室の中は放送が聞こえないようになっていたので、僕の声がどんな風に流れていたのか知る由もない。何でもいいけど。心臓はまだひどく大きく脈打っているけど、終わったのだ。早く帰らせて欲しい。




「あ、ありがとうございました」




くるっと後ろを振り返ると、何故かみんな固まっていて、僕を一心に見つめていた。




前田もいつもより3割増しくらい目を大きく開いていた気がする。あれ、僕何かやってしまったのだろうか……でもそんなこと言われたって無茶ぶりにも程がある。こっちにも言い分はあるぞ。




すると遠くから、バタバタと騒がしくこちらに向かってくる足音が聞こえた。音の感じから想像すると男性のようだ。




バタバタバタバタバタ……ガッッッどしーん、カラカラカラ……




あれ、転んだ? と思いきや、またバタバタはすぐに再開して、僕たちは静かにその足音の主がやってくるのを待っていた。心なしか、放送部のお三方は微笑んでいるように見えた。




「いっ……今のっ……だれ!」




僕たちがいる放送室の扉が勢いよく開き、背の高い男の先生が入ってくる。さっきまでの足音の激しさと今のゼーハー具合で、相当無理をして普段出さないスピードで走ってきたのだと思われる。




「い……はぁ、はぁ、今の、はぁやつは、誰、」




「せんせぇ~、何年ぶりなんでしょうか、男子生徒の、まだ少しあどけなさが残りつつも凛々しく爽やかで柔らかな新芽のような、校内アナウンスが流れるのは」




「おおう、そうか、そうなのか、うぅ……ありがとうありがとう、多分、ゲボッ、はあ、13年ぶりとかになる気がするなあ……うん、」




「じゅう……っ、そうなんですね、そうか……私たち、こんな場に巡り合えて、幸せ者です」




ひしっと抱き合うお三方と先生。あのー、僕たちの存在を完全に忘れてませんか?




「あ、あのお」




僕は思わず声を挟みかけたけど、何がなんだかよくわからないけど、このままここにいてはいけない気がしてきた。




「前田、もう行こう」




「え?」




ぽかーんとする前田の腕をつかみ、ごちゃついた自分たちの荷物をふんだくり、僕は放送室を脱出した。僕ってこんなに素早くアクションできるんだ、と自分に感心したくらいだ。




陽はもうほぼ落ちていて、かすかに残った燃えるような赤が遠くに見える。




僕たちはしばらく無言で家路についた。だんだんと空気がひんやりしてくる。火照っていた身体にはちょうど良く、気持ちいい。




やっぱり、自分には部活動みたいなものは合わないのだとつくづく感じた。部活というものには何かしらの眼差しがつきまとう。部員同士はもちろん、顧問の先生、クラスメイト、学校、保護者、そして社会……。誰も君なんか見ていないよ、なんて嘘だ。僕も見ているもの。いいなあ、とか、かっこわるいなあ、とか、そんな自分も嫌だけど。周りの視線が僕に集中するのが耐えられない。僕を見ないでほしい。緊張して、何をするにも生きた心地がしない。少し手を動かすのだって、標本みたいに自分の身体にどこか針を刺されているみたいでとても窮屈で、不快だ。みんなよくやっていられるよな。こんなことで、部活に限らずこれから先やっていけるのだろうかとぼんやり不安になることもある。今日、改めて恐ろしくなった。




ふと隣の存在を思い出した。前田はどうなのだろう。前田もやっぱり僕みたいに、周りのあれやこれやに疲れてサッカー部をやめたのだろうか。ずっと気になってるんだけど、なかなかそういう話にもっていくことができない。それは、彼の答えを聞くのが怖いというのもあるのだと思う。答えを聞いたら、一気に彼が遠くに行ってしまう気がする。わからないことは、果てしなく遠い。




「で、どうすんの?」




「え?」




前田に突然切り出された。




「放送部」




「いや、だからあれは……というか前田、どさくさに紛れてアナウンス体験回避したな」




「お前が自分から行ったんだろ」




「はあ? だってあの時は……」




「俺はいいもん聞けたと思ったけど」




「……」




「ああいう感じのお前、久しぶりに見たかも」




「……どういう感じだよ」




「わからん」




「……」




「いや、まあ俺は前からいい声だとは思ってたけど」




「は? そんなこと言われたことないし、急になんなんだよ」




「ああいう感じのお前」というのがどういう感じなのかと、「久しぶりに見た」というのがちょっと引っかかったけど、僕はもうクタクタに疲れ果てていて、1秒でも早く眠りにつきたくて、前田に適当にばいばいして急ぎ足で帰った。

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