『カラスは春告げる』
ふく
第1章
第1話 真っ白なプラカード
生まれ変わったら、兵庫県西宮市に生まれて、学校名が書かれたプラカードを持って、誇らしげに歩きたい。
あ、あと女の子にもならなきゃ。
やっぱり球児からしたら女の子に先導して欲しいもんかな。そりゃあそうか。
物心ついたころから、野球が好きだった。でもやるのは別。何故かやりたいとは思わない、というか、自分にとってそこは聖域すぎて、駄目なのだ。
自分が立ち入っていいところではないと思うくらい大切な場所であると同時に、どうして自分はこの中にいないのだろう、この中の登場人物でないのだろうと思うことがあった。
その場に立つ勇気はないのに、そこに自分がいないことに腹を立てる。傲慢だろうか。でも、そんな傲慢さを持つくらいの権利は与えられていいはずだ。
「おい、真野!」
「……はい!」
「問2の答えは?」
「すみません、話を聞いていませんでした」
一瞬にしてクスクスと笑い声に囲まれる。正直に言い過ぎたかな。数学の授業中だった。顔が熱い。僕の顔、真っ赤だろうな。よく顔が赤くなる僕は中学時代「トマト」なんて呼ばれていたことがある。学校の近くに新しくスーパーマーケットができて、何故か店名がその地名にちなんだものではなく「トマト店」と名乗り、オープン記念でトマトの写真が貼られたうちわとトマトジュースが配られていた頃だった。思い出すだけで腹立たしいし、またさらに顔が赤くなる。
嫌なことを思い出してしまったので、僕はさっきまで眺めていた校庭の方にまた視線を戻した。まだ校庭の桜にはきれいな薄ピンクの花びらが残っていて、それがチラチラ散っていく景色は何とも幻想的で心地よく、意識を今現在から飛ばすには容易なシチュエーションであった。
この春、僕は中学生から高校生になった。
怖い人がいっぱいいたらどうしようとビビりまくっていたけど、上級生の中にもやんちゃそうな人はそんなに見かけないし、入学したてで恐らく自我をまだ温めているであろう新入生たちも、今のところ何とか大丈夫そうだ。よかった。
前田も、同じクラス。前田は小学校からずっと一緒で、仲がいい。僕が真野で、前田と真野だから、同じクラスであいうえお順になると大抵並び順や席が前後になるのだ(今回も、前後)。下の名前もなんとなく似ているから、よく先生とかに名前をごっちゃにされて間違えられていた。
「部活どうすんの?」
前田が僕の目の前で、わら半紙をペラペラさせている。
「うーん、あんまり活動してなさそうなとこもいくつかありそうだし、適当にそういうとこ入ろうかな」
「気になってるとこはあんの?」
「えー、まだちゃんと紹介冊子見てないけど……」
そう、うちの高校は部活動加入必須なのだ。その規則を合格後に知って、一瞬入学を迷ってしまった。
僕は小学校でも、中学でも部活に入らなかった。理由は、まあやりたいと思える部活がその学校にはなかった、というのが正しいのだろうけど、まあ本当になんとなくだ。
「前田は? サッカー本当にもういいの?」
「うん。もう疲れたしだるい」
「じゃあ前田と一緒のとこ入ろうかな」
「なら見学一緒に回ろうよ」
「うん!」
僕が初めて前田と出会った時からずっと、彼はサッカー少年だった。高校生になってもサッカーを続けるとばかり思っていたから、入学式前日に辞めることを知らされた時は驚いた。と同時に、一抹の不安がよぎったことは内緒だ。
前田と一緒の部活かあ。正直想像がつかないけど、ちょっとだけワクワクしてきた。
掃除を適当に済ませて、僕と前田は部室棟に向かった。
「いや、まあ俺は前からいい声だとは思ってたけど」
「はあ!? そんなこと言われたことないし、急になんなんだよ」
学校からの帰り道、僕たちの腕の中には、たくさんの部活紹介のチラシが詰め込まれていた。中学の時はもう少し上質な紙が使われていた気がするんだけど、高校ではペラッペラのうすうすわら半紙がスタンダードなのが少しカルチャーショックだったし、予想通り破れやすく、ラグビー部のチラシなんかビリビリになっている。まあ僕たちにはご縁のない部活だが。
そんなチラシ戦争の中、一枚だけ丁寧にクリアファイルに入れられたチラシを、前田はずっと眺めていた。
「放送部、いいんじゃないの?」
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